■2015/02/11 クリスチャン・デムーロ騎手がすぐ覚えた日本語は「キャバクラ」
■2021/08/11 「兄みたいな騎手になる!」日本人ライターに語った11歳の少年
■2015/02/11 クリスチャン・デムーロ騎手がすぐ覚えた日本語は「キャバクラ」
スポニチ Sponichi Annex 競馬の2013年5月20日の記事<【ダービー】C・デムーロ 最初に覚えた日本語は「困ったなあ」>であったミルコ・デムーロ、クリスチャン・デムーロの兄弟騎手のやり取りがおもしろかったです。
http://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2013/05/20/kiji/K20130520005839380.html
ミルコ(以下M) クリスチャンが最初に覚えた日本語は、確か「困ったなあ」。
クリスチャン(以下C) そう。「スタートしました」も覚えた。ゲートが開いたとき、実況アナウンサーが必ず言うんだ。
M ダービーで「おっと、ロゴタイプ出遅れ」と実況されないように。
C 大丈夫だって。あとは勝った時に言う「良かった」。それから「1番人気」、「キャバクラ」。
M(苦笑い)クリスチャンとの思い出といえば、イタリアの自宅の前で、ポニーに乗って競走したこと。5年くらい前かな。ゴール前で僕が逆転して悔しがっていたね。君が乗ったアルトゥーロは24歳の今も元気だ。
C アルトゥーロは凄いポニーだよ。僕にとって師匠のようなもの。もちろんミルコも。師匠が2人いるんだから、僕は幸せだ。
キャバクラの話が出てきました! 海外騎手は日本のキャバクラ好きですね。そういうイメージがあります。ひょっとしたら外国人騎手だけでなく、日本人騎手も大好きなのかもしれませんけど、何かそういうイメージがありますね。
上記は2013年の話でしたが、2015年のイタリア競馬はたいへんな状況でした。<C・デムーロ騎手が仏のピエール・アラン・シェロー氏とエージェント契約 [海外]
2013年09月03日(火)12時30分>という記事が出ており、C・デムーロ騎手は今後はフランスの騎乗が多くなりそうです。
<C・デムーロ騎手(21)がフランスのピエール・アラン・シェロー氏とエージェント契約を結んだ。シェロー氏はC・スミヨン騎手などを担当し、C・デムーロ騎手はC・ヘッド厩舎の調教を手伝う>
http://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=78813
一方、お兄さんのミルコ・デムーロ騎手は、いよいよ日本へ腰を据える構えだと報じられていました。どうなんでしょう、日本人は不歓迎も多いんでしょうか? 私は歓迎しますけど…。(2021/04/09追記:などと当時書いていましたが、すっかり日本に定着。ルメール騎手とともに当たり前のように毎週乗っています)
■2021/08/11 「兄みたいな騎手になる!」日本人ライターに語った11歳の少年
2020/10/10の<凱旋門賞勝ちのクリスチャン・デムーロに、亡き父や兄ミルコに対する想いを伺った>(平松さとし)という話を今頃読んでいました。クリスチャン・デムーロは2020年に、ソットサスで初めて凱旋門賞をとっています。
https://news.yahoo.co.jp/byline/satoshihiramatsu/20201010-00202317
ライターの平松さとしさんは、クリスチャンが11歳だった子供のときにすでに会っているらしいですね。ネオユニヴァースで皐月賞(G1)と日本ダービー(G1)の2冠を制覇していたミルコ・デムーロ騎手の取材に行ったときみたいです。
14歳と年の離れた弟であるクリスチャンは、「ミルコみたいな良いジョッキーになりたいんだ!!」と言いながら、手に鞭を振り回していたとのこと。一方、兄のミルコは「幼い頃はトラック運転手に憧れた時もあった」というので、ちょっと浮気していました。
ちなみに、父が元ジョッキーだっただけでなく、叔父や従兄弟も皆ジョッキーという競馬一家。ミルコの妹にあたるパメラも調教師免許を取得しています。また、パメラの結婚相手もアントニオ・ポッリという騎手でした。本当、競馬ファミリーですね。
タイトルは<亡き父や兄ミルコに対する想いを伺った>でしたが、その話は少なめ。凱旋門賞の前に父が亡くなっていて、「ゴール前は父が助けてくれたと思いました」という話と、兄に電話を入れたら「多分、泣いていた」といった話だけでした。