■2026/09/23 現役最高齢17歳まで走ったマイネルバルビゾン、16歳でも2着
■2026/09/23 現役最高齢17歳まで走ったマイネルバルビゾン、16歳でも2着
引退のニュースで初めて知ったマイネルバルビゾンという馬。まあ、活躍馬じゃないので知らなくったって全然おかしくはないのですけど、すごいことはすごい馬。タイトルにしたように、17歳で現役だったんだそうです。
私が知った記事は、<ラストランへ、17歳マイネルバルビゾン「バル爺の愛称つけてくれたのは誰?」馬主インタビュー>(26/9/15(火) 7:00配信)という記事。マイネルバルビゾンを所有するシグラップ・マネジメント代表の杉浦和也・代表へのインタビュー記事でした。
ラストランへ、17歳マイネルバルビゾン「バル爺の愛称つけてくれたのは誰?」馬主インタビュー(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース
杉浦和也・代表は、<いわゆる一口馬主からステップを踏み、地方競馬で“1頭持ち”をするようになった頃、5戦未勝利で中央を抹消マイネルバルビゾンにめぐりあった>とのこと。マイネルなので、以前一口馬主をやっていたのはラフィアンなのかな?と思っちゃいますが、明記されていないので違いますかね。ステップアップするくらいなので、ラフィアンよりもグレードの高い一口馬主だったのかもしれません。
それは良いとして、所持した後は順調。地方重賞も勝っています。
<まずは佐賀に入厩した愛馬は、7戦6勝2着1回と快進撃。大井に移ったあとも連勝を伸ばした。クラスが上がるにつれて成績に波が出るようになったが、岩手所属となった5歳時に地元重賞を制覇>
ところが、南関東に戻ってしばらく経った頃、深管骨瘤と呼ばれる疾患で「腱(けん)がモヤつくような状態」になったそう。そんなときに耳にしたのが、「高知なら、こういう馬の脚をもたせてくれるよ」と聞いて、当時すでに付き合いのあった那俄性調教師に相談。「この程度なら、ぜんぜん問題ないよ」と言われて預けると、本当に問題なくなったといいます。
高知に転厩してすぐ抹消された馬の掲示板では、「高知競馬は競走馬の墓場」みたいなことを言われていた気がする(うろ覚え)のですけど、むしろきちんと走らせてくれるんですかね。
このような状態でしたし、「もう1年ぐらい走ってくれれば」(高知転入初戦は8歳1月)と思っていたのが、なんと17歳ですからすごいですね。成績も良かったといいます。
<厩舎の献身的なサポートにも応え、マイネルバルビゾンは好走を重ねた。最上級クラスのA級へと昇格。年下の馬たちに混じって重賞にも出走した。
もっとも、相手が強くなれば、結果を出すことが難しくなる。加齢による衰えも否めない。次第に成績は下降。クラスが落ちたあとも、乏しい結果が続いた。10歳を超えると、走らせ続けることに否定的な意見も耳に入るようになってきた。しかし馬は、そうした声に反発するかのように11歳にして白星をマーク。まだまだやれると、自ら結果でアピールした。
(中略)ただ出走するだけでなく、高齢になってからも毎年必ず馬券に絡み、ファンを沸かせた。>
馬主さんが現役を熱望していたというわけではなく、「毎年1回は、どこかのタイミングで那俄性さんに聞くんです。『バルビゾンも、そろそろですかね』と。そのたびに『まだいけるよ』と返ってきて」とのこと。普通に馬の状態が良く、実際に好走することもありました。
なお、16歳にして連対を果たした25年3月の一戦から、一層、応援の後押しを感じるようになったとのこと。「バル爺」という愛称がつけられたのも、ファン拡大に繋がったともおっしゃっていました。