2026年5月31日日曜日

種付け受胎後にG1に出走、勝利したウインドインハーヘア

■2020/10/11 種付け受胎後にG1に出走、勝利したウインドインハーヘア
■2020/10/11 ウインドインハーヘアは長女が走らないせいで日本に来た?


■2020/10/11 種付け受胎後にG1に出走、勝利したウインドインハーヘア

  たまに受胎した後にレースに出る…という牝馬がいるのですが、ディープインパクトの母として有名なウインドインハーヘアがそうだとは知らず、驚きました。ウインドインハーヘアの場合は単に受胎後に出走という話ではなく、なんとG1に勝ってしまっています。

 Wikipediaを見てみると、ウインドインハーヘアはアイルランド生まれでしたが、イギリスに渡ったのか、最初からイギリスで出走。2歳時は2着、11着で勝てていなかったものの、3歳初戦、イギリスのニューマーケットで初勝利を上げると次走も勝利して、イギリスのオークスに出走し2着となります。勝利は上げられませんでしたが、この年は9月まで走り、善戦を続けていました。

 翌年の4歳は5月から始動。やはり善戦止まりだったものの、4戦目、ドイツ遠征のG1 アラルポカルSで勝利。重賞初勝利初勝利でG1勝利でした。ただ、驚くべきなのが、「アラジとの仔を受胎中でありながら」との記載があったこと。すごいですね。細かい記載がないのですが、たぶん休んでいた時期に種付けしていたのでしょう。

■2020/10/11 ウインドインハーヘアは長女が走らないせいで日本に来た?

 このような名牝がなぜ日本に来たのか?と思いますが、Wikipediaでは、 この受胎していた「アラジとの仔」が、「競走で1勝もできなかったため日本のノーザンファームへ売却されるきっかけとなった」としています。ただし、このあと2番仔ヴェイルオブアヴァロンが活躍したあとに買い戻しのオファーがあったというように、子どもたちはむしろ活躍しまくっています。何しろディープインパクトが代表産駒ですからね。

 ただ、ここらへんの説明はよくわからないところもあり、ちょっと怪しく思います。繁殖は最初、イギリスではなく、アメリカだったようで、最初の仔グリントインハーアイなど、3番仔までは、アメリカ生まれ。この最後のアメリカ生まれは輸入されてG1を期待されたレディブロンドであり、やはり日本で走った馬でした。

 で、その後、日本に輸入したのかと思ったら、違うんですよ。4番目は 母国アイルランド生まれで移動しています。その次のライクザウインドが持ち込み馬ですので、買ったのはここらへんですね。種付けから日本だったのは、ブラックタイドが最初で、その次がディープインパクトでした。

 なお、日本で産駒が活躍したこともあるのか、競走馬として輸入されたレディブロンドだけでなく、ウインドインハーヘアが外国で産んだ4頭の牝馬すべてが、日本に輸入されています。「グリントインハーアイ(ノーザンファーム)、ヴェイルオブアヴァロン(ノーザンファーム)、レディブロンド(ノーザンファーム)、スターズインハーアイズ(矢野牧場)」といった具合です。

2026年5月30日土曜日

実はサラブレッドではない偽物の血統が見つかっている!

■2020/08/11 昔の日本ではアングロアラブの偽物が流行していた…
■2020/08/11 実はサラブレッドではない偽物の血統が見つかっている!


■2020/08/11 昔の日本ではアングロアラブの偽物が流行していた…

 テンプラ (馬) - Wikipediaはサラブレッドではなく、アングロアラブがメインの話。
 テンプラというのはおもしろい競馬用語ですが、アラブ血量を偽って登録されたアングロアラブのこと。具体的にはアングロアラブとして登録されたアラブ血量が25%未満のサラブレッド系種のことだそうです。
 日本は民度が高いと言われるものの、 実はこの詐欺が昔は多かったと言われています。かつてテンプラの存在はアングロアラブにまつわる公然のタブーだったそうな。
  もちろんメリットはあり、一般にサラブレッドのほうがアングロアラブよりも脚が速く、またかつてはアングロアラブ用の限定戦が盛んに催されていたため、サラブレッドの仔をアングロアラブと偽って登録することに成功した場合、その競走馬が多額の賞金を稼ぐ可能性が高いためでした。なので、優れた競走成績を収めたアングロアラブは必ずといってよいほどテンプラではないかと疑われました。
 テンプラを登録する手法は複数。サラブレッドの仔をアングロアラブとして申請するというそのまんまな手法だけではなく、外見がよく似たアングロアラブとサラブレッド系種を入れ替えて登録する手法などがあったとされます。DNA型検査法が導入されたのは1980年代以降のことであり、その前においては個体識別が難しく、成功することがあったようです。
 そんなの嘘だ!と思うかもしれませんが、論理的に説明可能な例が出ていました。代表例とされるスマノダイドウの場合、栗毛の両親からは通常生まれ得ない鹿毛だったんですよ。こんな例ですら通っちゃうんですから、昔はゆるゆるだったんでしょうね。
  スマノダイドウの母は、アングロアラブのミトタカラをつける前に、黒鹿毛のサラブレッドであるカブトシローをつけていました。なので、その前に交配し不受胎だっとされるこのカブトシローが本当の父ではないかと噂されたそうです。

■2020/08/11 実はサラブレッドではない偽物の血統が見つかっている!
 以上のように、テンプラ (馬) - Wikipediaはサラブレッドがメインの話ではありませんでした。しかし、間違った血統という話題で、サラブレッドにも間違いが見つかっていることが指摘されています。この場合はメリットがないと考えられるので、純粋に間違いだったと思われます。

<一方で、DNA鑑定技術の向上により、サラブレッドにおいて間違った血統がいくつか発見されている。特に9号族根幹部分やベンドアの例では影響が大きい。また、サラブレッドに共通でない毛色の遺伝子を持つ馬も発見されており、別系統の血統の混入が示唆されている>

 ただし、どこで混入したかについての特定は困難であり、そこまではわからないようです。また、今さら過去に遡って訂正することも不可能であり、かつ多大な混乱を招きます。
 ただ、これはタブー視されて放置されているわけでもない模様。国際血統書委員会は2002年に、以下のような意見を出していました。

「初期の時代について血統の証明は技術的に不可能であった。現在は新技術により多くの情報の利用が可能となったが、歴史的なデータを効率的に訂正することは難しい。誤った系統が特定されるかもしれないが、全てのケースを訂正することは不可能である」

 このページには記載がありませんでしたが、サラブレッド系種に8代連続サラブレッドを掛け合わせたものは審査を経てサラブレッドと認められる場合がありますし、サラブレッドの血の占める割合的に現在は特に問題ないでしょう。これに加えて、歴史的経緯から過去はそのまま…というのも理解できる方針です。



2026年5月29日金曜日

オグリキャップ孫クレイドルサイアーが種牡馬に!父はノーザンキャップ

■2014/8/23 オグリキャップ孫クレイドルサイアーが種牡馬に!父はノーザンキャップ
■2025/05/29 クレイドルサイアー産駒フォルキャップがまさかの大健闘!


■2014/8/23 オグリキャップ孫クレイドルサイアーが種牡馬に!父はノーザンキャップ

 2013年のニュース。クレイドルサイアーだけじゃなくて、ノーザンキャップの時点で知りませんでしたわ。ややこしくなっていますが、オグリキャップ → ノーザンキャップ → クレイドルサイアーというサイアーラインになります。
 ノーザンキャップは47戦3勝 [3-12-9-23] 中央獲得賞金 7,617.2万円。平均から見ると、十分に稼いではいるものの、クラスは懐かしの900万条件止まり。近親の良さを理由に種牡馬入りすることもありますが、牝系は近親にチューリップ賞などのオースミハルカがいるものの、豪華というわけでもありませんでした。

 しかし、このノーザンキャップが種牡馬入りしていて、さらに産駒のクレイドルサイアーが種牡馬入りという驚き。クレイドルサイアーに至っては地方で2戦して10着2回のみというひどい戦績です。近親を見ても中央勝ち馬が不在というひどさ。血統もよくありません。
 さらに下記のブログさんによると、クレイドルサイアーというのはノーザンキャップ唯一の産駒。どうも完全に趣味みたいですね。

-----引用 ここから-----
父系馬鹿:ノーザンキャップ産駒のクレイドルサイアー、種牡馬入り 2013年09月18日

父ノーザンキャップは静内にあるクレイドルファームにて種牡馬入りしましたが、そんな状況ですから牝馬がたくさん集まるはずはなく、種付けしたのは自牧場の牝馬2頭のみ。しかもそのうち1頭は不受胎となり、無事に産まれたのはマタニティパワー(父*スリルショー)を母に持つ牡馬ただ1頭だけでした。1頭の活躍馬のみによって一子相伝で父系が繋がる例はそれなりにあるでしょうが、唯一産まれた産駒によって父系が存続される例など世界中見渡してもどれほどあることでしょう。
http://blog.livedoor.jp/organa_jpn/archives/52239510.html
-----引用 ここまで-----

 さらに特筆すべきなのが"自身が最後のレース(引用者注:2003年→2013年)に出走してから実に10年間の充電期間を経ての種牡馬入り"だということです。クレイドルファームは"引退馬の余生を送るための養老牧場としての業務がメイン"らしいので、やはり趣味なんでしょうね。
 しかし、「趣味」と表現したのは、悪い意味ではありません。ファンにとっては嬉しい趣向です。活躍馬を多数持っているお金持ちの大物馬主さんこと、やってほしい遊びだとも思います。


■2025/05/29 クレイドルサイアー産駒フォルキャップがまさかの大健闘!

 全然最近じゃないのですけど、2022/06/01に<オグリキャップ直系の子が〝奇跡〟のデビューへ 絶滅寸前の血が継承「堂々と胸を張って走ってほしい」>(東スポ競馬)という記事が出ていたことに今頃気づきました。

<昭和から平成にかけて日本を熱狂させた名馬・オグリキャップの直系の血を引くフォルキャップ(牡2・桧森邦)が、2日の門別競馬6R「JRA認定フレッシュチャレンジ競走」(午後5時5分発走)で念願のデビューを果たす。>
<同馬はオグリキャップのひ孫にあたり、父クレイドルサイアー、母コスモフリップの配合。今から2年前、オグリ直系の遺伝子が絶滅寸前に陥っていたが、関係者の努力によって1本の細い糸はつながり、ついに奇跡が起きた。>
https://tospo-keiba.jp/breaking_news/14856

 もともと書いていたクレイドルサイアーの産駒はどうなったか調べなきゃ…と思っていたのですけど、<17年に不受胎、18、19年は交配相手が見つからなかった>ということで大苦戦していたようです。
 このうち、「交配相手が見つからなかった」というのは予想外。てっきり持ち馬がいて、持ち馬同士で配合するんだと思ったら、そうじゃなかったようです。お金がかかりすぎますから、さすがにそこまで無理だったのでしょう。…と、そう思って、次を読んだら、このときは結局持ち馬同士の配合でした。

<約1年後、両馬の牧場を一人で営む堀江佳世子さんの「遺伝子は必ず伝わると信じたい」という思いが結実。クレイドルサイアーの前に現れた〝花嫁〟は現役時代にJRAの芝1200メートルで6勝した快速馬マンデームスメの子にあたるコスモフリップ。同馬の母父はサンデーサイレンスで、マルゼンスキーの血も引いている。交配が行われたのは19年5月1日。昭和と平成を駆け抜けたスーパーホースの遺伝子が、令和の初日に引き継がれるとは、なんという運命か。>

 「牧場を一人で営む」ってすごいですね。あと、私はクレイドルサイアーは父ノーザンキャップと同じくクレイドルファームにいるんだと思っていたら、どうやら違う感じですね。
 また、このとき生まれた子は「フォルキャップ」のオーナーはまた別で、八嶋長久さんでした。

 普通に走ってないだろうな…と検索してびっくり。35戦4勝 [4-7-2-22]493万円 (地方) と、地方とはいえ、4勝しています。到底種牡馬入りするような成績ではありませんが、到底種牡馬入りするような成績ではない父(地方未勝利)の子としては相当走りました。
 これより走らない馬なんかいくらでもいますからね。私が一口馬主で出資した後、地方移籍した馬でこれより悪い成績なのが何頭もいます。
 出走は全部門別かと思ったら、1-4-2-2と予想外に走ったせいか、一度地方としては最高レベルの大井競馬場に移籍。ただ、大井競馬場ではさすがに苦戦して、4着が最高。再び門別に戻って3勝をあげています。

 母のコスモフリップは、6勝した快速馬マンデームスメの子にあたるとしか紹介なかったのですけど、ひょっとしたら成績が良かったのかも…と見てみました。すると、中央未勝利で地方で2勝程度。母マンデームスメが大きなセールスポイントになるとはいえ、コスモフリップ自身の成績は全然良くなくて、繁殖入りも微妙な感じ。実際、ビッグレッドファームが放出していますしね。
 そう考えると、フォルキャップがこの配合でこれだけ走ったことこそ奇跡に思えます。


2026年5月28日木曜日

最強のダービー馬は?現役騎手が選ぶ日本ダービーベストレースだと…

■2013/5/21 最強のダービー馬は?現役騎手が選ぶ日本ダービーベストレースだと…
■2013/5/21 ワカタカC ファンの選ぶ日本ダービー馬 第80回記念「ダービーメモリーズ」ファン投票
■2013/5/21 トキノミノルC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1932~1950s「ダービーメモリーズ」ファン投票
■2013/5/21 シンザンC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1960s「ダービーメモリーズ」ファン投票
■2013/5/21 タケホープC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1970s「ダービーメモリーズ」ファン投票
■2013/5/21 シンボリルドルフC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1980s「ダービーメモリーズ」ファン投票
■2013/5/21 ナリタブライアンC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1990s「ダービーメモリーズ」ファン投票
■2013/5/21 ディープインパクトC ファンの選ぶ日本ダービー馬 2000s「ダービーメモリーズ」ファン投票
■2013/3/22 日本で最高評価のレースはジャパンカップで世界10位 有馬記念は宝塚より下



■2013/5/21 最強のダービー馬は?現役騎手が選ぶ日本ダービーベストレースだと…

 最強のダービー馬など、最強論議というのは、大抵揉めます。が、JRAがおもしろい企画をやっていました。
 馬ではなくレースとしてですが、現役騎手のベストダービーの投票をしていたのです。

-----引用 ここから-----
JRAホームページ|今週の注目レース-東京優駿(日本ダービー)
リンク切れ
http://www.jra.go.jp/keiba/thisweek/2013/0526_1/best.html

1位 2005年 ディープインパクト 22票
見事1位に選ばれたのは、ディープインパクトが優勝した2005年の日本ダービー。4戦4勝で皐月賞を制し、ダービーでは単勝1.1倍の圧倒的1番人気に支持されたディープインパクト。直線では、大外をただ1頭次元の違う末脚で突き抜けて圧勝。5戦5勝、無敗でのダービー制覇を成し遂げました。「その圧倒的な強さに衝撃を受けた」「競馬学校生の時に生で見て感動した」、「このレースを見て騎手になりたいと思った」など、その“衝撃”を熱く語るジョッキーが多く、ファンの中でもいまだ記憶に新しいあの飛ぶような走りは、ジョッキーたちの心にも強く印象付けられていたようです。
-----引用 ここまで-----

 投票者は、小牧太、江田照男、後藤浩輝、浜中俊、武幸四郎、三浦皇成騎手など。
 武豊騎手、ここじゃないんですね。スペシャルウィークでしょうか?まさかアグネスフライト(武豊騎手はエアシャカールで2着)ってのもありますかね?

 私はとにかく1番人気を買わないので、ディープインパクトのダービーも当然別の馬を勝っていて、天邪鬼なので何とか負かしてくれと思っていましたが、レースを見て「ああ、お手上げだ。認めるしかない」と思った気がします。
 で、菊花賞はさすがにディープインパクトを軸にして買ったのですが、相手がさっぱり来なくってハズレ……。

-----引用 ここから-----
2位 2007年 ウオッカ 14票
14票を獲得して第2位に選ばれたのは、ウオッカが優勝した2007年の日本ダービー。64年ぶり史上3頭目の“牝馬によるダービー制覇”の偉業を果たしたウオッカ。「牝馬であれだけ強いのはすごい」「時代が変わったダービーです」など、牝馬という枠を越えて、時代をも飛び越えたパフォーマンスに対して、ジョッキーたちからも多くの賛辞が寄せられました。
-----引用 ここまで-----

 吉田隼人、戸崎圭太騎手など。
 私はウオッカは牝馬だし~という先入観が抜けなかったんですけど、勝っちゃいました。ビビりました。
 何かダービー当たった試しがない気がしていました。

-----引用 ここから-----
3位 1994年 ナリタブライアン 11票
11票を獲得して第3位に入ったのは、ナリタブライアンが優勝した1994年の日本ダービー。単勝1.2倍の1番人気に支持されたダービーでは、白いシャドーロールをトレードマークに、府中の直線を縦横無尽に駆け抜けました。「かっこ良すぎてしびれた」「強かったイメージが強烈に残っている」など、他馬を文字通り“圧倒”した走りは、今もジョッキーたちの心に深く刻まれています。
-----引用 ここまで-----

 津村明秀騎手や高田潤騎手、石神深一騎手の騎手となるきっかけとなったレースだそうです。そういう意味ではすごいですね。
 何かここまであんまり有名な騎手出てきませんね、不思議。当事者だと自分の関係で選ぶので部外者とは変わるのかも。

 私はナリタブライアンのレースは見ていません。当然馬券も買っていません。

-----引用 ここから-----
4位 1998年 スペシャルウィーク 8票
1990年代後半。名実ともにトップジョッキーに上りつめた武豊騎手にとって、唯一手にしていないのは"ダービージョッキー"の称号でした。10回目の挑戦となった1998年の日本ダービー。スペシャルウィークに騎乗して5馬身差の圧勝劇を演じ、ついに最高峰の舞台で最高の栄誉を獲得したのです。一方、キングヘイローでダービー初騎乗を果たした福永祐一騎手は14着に大敗。苦い記憶であると同時に印象深いダービーとして振り返っています。
-----引用 ここまで-----

 福永祐一騎手がここ。初騎乗(キングヘイロー)だからということみたいです。
 丹内祐次騎手は「武豊騎手が好きなので」という理由。そうなんだ。
 そして、武豊騎手はここでもないみたい。ええっ!?という。

 私が選ぶならこのレースですかね。キングヘイローとセイウンスカイの3強対決で5馬身差圧勝。それからやっぱり武豊騎手初勝利というので感動的でした。
 この世代が大好きってこともありますね。クラシック3強はこの3頭でしたが、世代3強はスペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサーと揃っていました。
 (大成しませんでしたけど、黒鹿毛がきれいだったツルマルツヨシも好きでした)
 ああ、でも、好きな馬って意味だとジャングルポケットのレースかな?あっちを選ぶかもしれません。

-----引用 ここから-----
5位 2000年 アグネスフライト 6票
17回目のダービー挑戦。河内洋騎手(当時)悲願のダービー初制覇に立ちはだかったのは、弟弟子の武豊騎手でした。最後の直線は、武騎手騎乗のエアシャカールと河内騎手騎乗のアグネスフライトとの一騎打ちに。壮絶なデッドヒートの末、わずかハナ差で河内騎手に軍配が上がりました。
-----引用 ここまで-----

 和田竜二、川田将雅騎手など。
 あれ、武豊騎手ここでもないです。結局、ランクインには入らず。
 本当、有名騎手が全然出てきませんでしたね。

 あと、番外編から一つ。

-----引用 ここから-----
1964年 シンザン
東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開催された1964年のクラシック戦線は、シンザンが席巻。
皐月賞に続いてダービーを快勝すると、秋には菊花賞を制し、セントライト以来23年ぶり、戦後初の三冠馬に輝きました。
-----引用 ここまで-----

 原田和真騎手のチョイス。そういや、ベスト5だとシンボリルドルフもいませんね。ここらへんは世代でしょうね。
(えっ、ミスターシービー?ミスターシービーは、うん、何というか……。ファンの方には申し訳ないですけど、タイミングが悪かったとしか言いようがないですね)

 もう一つ、松岡正海騎手のもの。マニアックすぎてわからん。

-----引用 ここから-----
1954年 ゴールデンウエーブ
日本中央競馬会誕生前夜の1954年5月、大井競馬から移籍したゴールデンウエーブが、地方競馬出身として、史上初のダービー制覇を達成しました。鞍上の岩下密政騎手は、トキノミノルに続く、2回目のダービー優勝の栄誉に浴しました。
-----引用 ここまで-----

 あとは戦前の牝馬ヒサトモや"10戦10勝の無敗でダービーを制したトキノミノルはダービー制覇のわずか17日後、破傷風によって急死しました"というトキノミノルがいました。
 おもしろい企画でしたが、有名ジョッキーがどれを選んだのかが気になって仕方ありませんでした。




■2013/5/21 ワカタカC ファンの選ぶ日本ダービー馬 第80回記念「ダービーメモリーズ」ファン投票
 全然知りませんでしたが、日本ダービー第80回記念「ダービーメモリーズ」ファン投票というのをやっていました。

-----引用 ここから-----
ダービーメモリーズ
 「ダービーメモリーズ」ファン投票は、今年第80回を迎える「日本ダービー」をより多くの方に楽しんでいただくために、日本ダービー当日行われる特別競走「ダービーメモリーズ」に、第1回優勝馬「ワカタカ」をはじめ過去の日本ダービー優勝馬の名前をつけることとし、ひろくファンの皆様から投票をいただきました。
 それぞれその世代を代表する日本ダービー馬とともに、当日のレースを盛り上げてまいりますので、ぜひご注目ください。
http://www.jra.go.jp/news/201304/040102.html
-----引用 ここまで-----

 ただし、初代優勝馬ワカタカだけは、使用が決定していたようです。

-----引用 ここから-----
※     東京第11レースにつきましては 「1stダービーメモリーズ ワカタカカップ」として既にレース名が決定しておりました。
-----引用 ここまで-----

 プロフィール。

-----引用 ここから-----
■第1回優勝 ワカタカ
     
父     :     トウルヌソル
母     :     サラ系 種信
馬主     :     乾 鼎一氏
生産者     :     下総御料牧場
調教師     :     東原 玉造
騎手     :     函館 孫作
通算成績     :     21戦12勝
主な勝鞍     :     日本ダービー
    ワカタカ
     
デビュー戦は5着に敗れたが、その3週間後に東京競馬場で2着に10馬身差をつけて圧勝し、東京優駿大競走(現在の日本ダービー)に出走した。1番人気に応えてわずか3戦目で記念すべき第1回目のダービー馬となった。
-----引用 ここまで-----

 生産者が下総御料牧場でびっくり。ここは皇室の牧場ですね。
 昔は馬というのは今以上にずっと高価なものでしたから、競走馬を作っているところと言うと限られていたのかもしれません。

 父はトウルヌソルという日本を代表する名種牡馬。
 近年になってその名を冠したモンテトウルヌソルがいました。確か血統ではなく、名種牡馬にちなんでってことだったですし、それだけ良い種牡馬だったんでしょうね。

■2013/5/21 トキノミノルC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1932~1950s「ダービーメモリーズ」ファン投票
 1932~1950sの投票結果。

-----引用 ここから-----
1932~1950s ダービーメモリーズ トキノミノルカップ (京都第11レース)
順位     回     年度     優勝馬     票数
1     第18回     1951     トキノミノル     17,261
2     第10回     1941     セントライト     13,891
3     第12回     1943     クリフジ     9,310
4     第 2回     1933     カブトヤマ     3,482
5     第23回     1956     ハクチカラ     3,357
6     第 8回     1939     クモハタ     2,012
7     第21回     1954     ゴールデンウエーブ     1,635
8     第24回     1957     ヒカルメイジ     1,384
9     第26回     1959     コマツヒカリ     980
10     第 6回     1937     ヒサトモ     890
11     第16回     1949     タチカゼ     837
12     第19回     1952     クリノハナ     720
13     第25回     1958     ダイゴホマレ     707
14     第13回     1944     カイソウ     705
15     第20回     1953     ボストニアン     679
16     第11回     1942     ミナミホマレ     624
17     第15回     1948     ミハルオー     562
18     第22回     1955     オートキツ     507
19     第14回     1947     マツミドリ     465
20     第17回     1950     クモノハナ     401
21     第 5回     1936     トクマサ     313
22     第 3回     1934     フレーモア     252
23     第 4回     1935     ガヴアナー     201
24     第 7回     1938     スゲヌマ     188
25     第 9回     1940     イエリユウ     174
選択無     1,985
合計     63,522
http://www.jra.go.jp/news/201304/040102.html
-----引用 ここまで-----

 セントライト、クリフジ、クモハタといった聞いたことのある馬が。
 セントライト記念の由来は知っていましたけど、カブトヤマ記念ってのもたぶんカブトヤマから取ったんでしょうね。知りませんでした。

 そんな中で選ばれたのはトキノミノル。

-----引用 ここから-----
■第18回優勝 トキノミノル
     
父     :     セフト
母     :     第弐タイランツクヰーン
馬主     :     永田雅一氏
生産者     :     本桐牧場
調教師     :     田中 和一郎
騎手     :     岩下 密政
通算成績     :     10戦10勝
主な勝鞍     :     皐月賞、日本ダービー
    トキノミノル
      デビュー時はパーフェクトの名で出走した。デビューから連戦連勝で、クリフジ以来史上2頭目となる無敗でのクラシック二冠を達成したが、ダービーの17日後に破傷風で急死した。
10戦10勝うちレコード勝ち7回という輝かしい成績を残し「幻の馬」と称された。1984年には顕彰馬に選出された。
-----引用 ここまで-----

 本当、幻の馬。これは心に残りますわ。

-----引用 ここから-----
トキノミノルは日本の競走馬である。10戦10勝・うちレコード優勝7回という成績でクラシック二冠を制したが、東京優駿(日本ダービー)の競走17日後に破傷風で急死、「幻の馬」と称された。戦後中央競馬で10走以上した馬で、唯一全勝を記録している[注 1]。主戦騎手は岩下密政。1984年、顕彰馬に選出。デビュー当初は「パーフエクト(パーフェクト。以下同様に記述)」の名称で出走していた。

1^ 戦前にクリフジが11戦11勝という成績を残している。

(略)

デビュー戦の圧勝と改名

1950年7月、函館競馬場に移動して初戦を迎えたが、競走2日前の発馬練習で気性の悪い部分を見せ、また全姉ダーリングも発馬に難のある馬だったため、一旦は出馬登録を拒否された。当時の有力馬主であった栗林友二の口利きで出走が認められるも、評価は1番人気から大きく離された2番人気(3頭立て)だった。

発走直前には再び暴れて騎手の岩下を振り落としたが、レースが始まると素直なスタートを見せ、先頭に立つ。道中でそのまま他馬を引き離すと、ゴールでは2着マッターホンに8馬身差をつけて優勝。勝ちタイム48秒1は芝800mの日本レコード、上がり3ハロン35秒0は当時としては驚異的な走破タイムであった。

当日の晩に田中が永田へ勝利報告の電話を掛けると、永田はパーフェクトを買ったことを忘れており、「何だそれは」と問い返したという。しかし数日後に田中厩舎を訪れた際には、田中と、挨拶に来ていた笠木を前に「君たちのお陰でダービーが取れるんだよ」と上機嫌であった。また永田はこの場でパーフェクトの競走名を「トキノミノル」に替えることを決定。この名前には「競馬に懸けた時が実るときが来た」という意味とされ、また「トキノ」については永田が尊敬していた菊池寛が使用した冠名の借用で、ダービーを意識する期待馬のみに使用するものだった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%AD%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%AB
-----引用 ここまで-----

 戦績はまさにパーフェクトでしたが、名前はパーフェクトじゃなくなったんですね。これまたドラマチックです。




■2013/5/21 シンザンC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1960s「ダービーメモリーズ」ファン投票
 1960sの投票結果。当然選ばれるであろうシンザンです。

-----引用 ここから-----
1960s ダービーメモリーズ シンザンカップ (東京第6レース)
順位     回     年度     優勝馬     票数
1     第31回     1964     シンザン     35,202
2     第32回     1965     キーストン     9,765
3     第27回     1960     コダマ     5,415
4     第30回     1963     メイズイ     3,013
5     第35回     1968     タニノハローモア     2,563
6     第36回     1969     ダイシンボルガード     2,454
7     第34回     1967     アサデンコウ     1,377
8     第33回     1966     テイトオー     1,279
9     第28回     1961     ハクシヨウ     663
10     第29回     1962     フエアーウイン     629
選択無     1,162
合計     63,522
http://www.jra.go.jp/news/201304/040102.html
-----引用 ここまで-----

 2位のキーストンの方がなぜか聞いたことないですが、コダマはあります。

-----引用 ここから-----
■第31回 シンザン
     
父     :     ヒンドスタン
母     :     ハヤノボリ
馬主     :     橋元幸吉氏
生産者     :     松橋吉松
調教師     :     武田 文吾
騎手     :     栗田 勝
通算成績     :     19戦15勝
主な勝鞍     :     皐月賞、日本ダービー、
菊花賞、宝塚記念(’65)、
天皇賞(秋)(’65)、有馬記念(’65)

    セントライト以来23年振り、戦後初のクラシック三冠馬となった。当時牡馬が出走可能なGI級競走を全て制し、八大競走の勝利数から「五冠馬」と称された。競走成績19戦全てで連対し、1984年には顕彰馬に選出された。
種牡馬としては、クラシック二冠のミホシンザンなどを輩出した。
京都競馬場にはシンザンの銅像が設置されており、毎年1月の京都競馬では「シンザン記念」というレースが行われている。
-----引用 ここまで-----

 シンザンは本当歴史的な名馬ですね。つくづく父系で血が残らなかったのが残念です。

-----引用 ここから-----
引退後は種牡馬となったが、当時は海外から輸入した種牡馬の活躍が著しく、内国産種牡馬の成績は低迷していた。そのような状況に配慮して、シンザンを繋養した谷川牧場は、「儲けることよりもシンザンの血統を後世に伝えることが重要」と考え、シンザンの種付け料は20万円に設定された。なお、競走馬引退後のシンザンの世話は谷川牧場の従業員・斉藤優が担当した。

スガノホマレがレコードタイムを5回記録し、シルバーランドが日本で初めて芝2000メートルで2分を切るタイムを記録するなど産駒がスピードを示すようになると、シンザンの種牡馬としての人気は次第に高まり、1978年の5位を最高に合計7回種牡馬ランキングのトップ10に入った。ライターの山河拓也は、シンザンの活躍によって内国産種牡馬が見直され、アローエクスプレスやトウショウボーイの活躍に繋がったとしている。1980年代に入ると種牡馬成績は次第に下降し、1980年に内国産種牡馬1位の座をアローエクスプレスに奪われ、1985年にはリーディングサイアートップ10から陥落した。

産駒からは八大競走などの大レースを勝つ馬がなかなか出なかったが、1981年にミナガワマンナが菊花賞に優勝した。この時点でシンザンは高齢であったためミナガワマンナは「シンザン最後の大物」とも呼ばれたが、さらにそのあと代表産駒となる二冠馬ミホシンザンが登場した。

シンザンはミホシンザンが天皇賞(春)を制した1987年に、受精能力低下により種牡馬を引退した。最終的に産駒の重賞勝利数は49勝に達した。この記録は戦後の内国産馬としてはフジキセキ、トサミドリに次ぐ第3位である。また、1969年 - 1992年には産駒24年連続勝利の記録を打ち立てた。これはのちにノーザンテーストが更新するまで日本最長記録だった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B6%E3%83%B3
-----引用 ここまで-----

■2013/5/21 タケホープC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1970s「ダービーメモリーズ」ファン投票
 1970sの投票結果。

-----引用 ここから-----
1970s ダービーメモリーズ タケホープカップ (東京第7レース)
順位     回     年度     優勝馬     票数
1     第40回     1973     タケホープ     17,442
2     第42回     1975     カブラヤオー     13,454
3     第46回     1979     カツラノハイセイコ     8,745
4     第37回     1970     タニノムーティエ     4,860
5     第38回     1971     ヒカルイマイ     4,227
6     第43回     1976     クライムカイザー     3,708
7     第39回     1972     ロングエース     3,011
8     第44回     1977     ラッキールーラ     3,006
9     第45回     1978     サクラショウリ     3,000
10     第41回     1974     コーネルランサー     858
選択無     1,211
合計     63,522
http://www.jra.go.jp/news/201304/040102.html
-----引用 ここまで-----

 ここらへん来ると聞いたことある馬多いですね。カブラヤオー、カツラノハイセイコ、タニノムーティエ、ロングエースあたりは確実に覚えがあります。
 サクラショウリも聞いた覚えあるものの、ありそうな名前ですので記憶違いかも。

-----引用 ここから-----
■第40回 タケホープ
     
父     :     インデイアナ
母     :     ハヤフブキ
馬主     :     近藤たけ氏
生産者     :     谷川牧場
調教師     :     稲葉 幸夫
騎手     :     嶋田 功
通算成績     :     19戦7勝
主な勝鞍     :     日本ダービー、菊花賞、
天皇賞(春)(’74)

      ハイセイコーのライバルとされ、日本ダービー、菊花賞を制した二冠馬。
ダービーでは、単勝支持率66.6%の圧倒的支持を得たハイセイコーを差し切って優勝し、菊花賞でもハイセイコーにハナ差で勝利し二冠馬となる。翌年には天皇賞(春)も勝利。
-----引用 ここまで-----

 ハイセイコーは人気という意味で、すごい馬でしたね。歴史的な人気馬です。
 タケホープは憎まれ役にはならなかったんでしょうか?

-----引用 ここから-----
3歳~4歳時

1972年7月15日に東京競馬場で行われた新馬戦でデビュー、単勝1番人気に応え勝利した。ところが2勝目をあげるのに手間取り、2勝目を上げたのは年が明けた1973年1月の200万下条件戦の若竹賞での事だった。その後、皐月賞を目指して東京4歳ステークスに出走したが3着、弥生賞はハイセイコーの前に7着と敗れ、皐月賞出走は叶わなかった。

皐月賞に出る事ができなかったタケホープはダービー出走を掛けて、東京競馬場で行われた四歳中距離特別に出走。サクラチェスにハナ差の勝利を収め、日本ダービー出走にこぎつけた。この時、タケホープの主戦騎手だった嶋田功は「ハイセイコーが四ツ脚なら、こっちだって四ツ脚だよ」という発言をしている。周囲やマスコミには皮肉としか受け取られなかったが、嶋田とタケホープを管理する稲葉幸夫調教師はそれなりの勝算を持っていたという。

日本ダービーでは、単勝支持率66.6パーセントという圧倒的支持を得たハイセイコーに対し、タケホープは9番人気に過ぎなかった。だが、レースでは最後の直線で先頭に立ったハイセイコーを差し切り勝利した。ハイセイコーは1秒弱離された3着に敗れている。

秋初戦は京都新聞杯から始動しハイセイコーと再び対決したが、ハイセイコーが2着だったのに対し、タケホープは6番人気と低評価だった上に8着と大敗した。この京都新聞杯の結果が影響したのか、クラシック三冠最終戦の菊花賞では、嶋田が落馬負傷するアクシデントで急遽武邦彦に乗り替わった事も不安視されて、6番人気と低評価だった。だが、レースではマッチレースの末にハイセイコーをハナ差で下し、二冠馬となった(2012年現在、日本ダービーと菊花賞の二冠馬はタケホープの他にはクリフジのみ。どちらも皐月賞不参戦馬である)。年末にはこの年の優駿賞年度代表馬及び最優秀4歳牡馬に選出された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B1%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%97
-----引用 ここまで-----

 憎まれ役っていう話はWikipediaにはありませんでした。




■2013/5/21 シンボリルドルフC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1980s「ダービーメモリーズ」ファン投票
 1980sの投票結果は当然シンボリルドルフ。ダービーだと歴史的な名馬がザクザク出てきて、鼻血出そうです。

-----引用 ここから-----
1980s ダービーメモリーズ シンボリルドルフカップ (東京第8レース)
順位     回     年度     優勝馬     票数
1     第51回     1984     シンボリルドルフ     32,203
2     第50回     1983     ミスターシービー     13,502
3     第54回     1987     メリーナイス     4,019
4     第53回     1986     ダイナガリバー     3,123
5     第56回     1989     ウィナーズサークル     2,904
6     第55回     1988     サクラチヨノオー     1,946
7     第47回     1980     オペックホース     1,706
8     第49回     1982     バンブーアトラス     1,249
9     第48回     1981     カツトップエース     964
10     第52回     1985     シリウスシンボリ     913
選択無     993
合計     63,522
http://www.jra.go.jp/news/201304/040102.html
-----引用 ここまで-----

 1980年代くらいからは完璧にわかっても良さそうですが、オペックホース、カツトップエースが全く聞いたことありませんでした。
 そして、シリウスシンボリって何でこんなに票数少ないんでしょう?日本の競馬としてはたいへん重要な馬ですけどね。不思議。

-----引用 ここから-----
1984年9月16日、中山競馬場の新馬戦1着でデビュー。次走は斜行のため失格となり、3走目は2着と敗れるが、府中3歳ステークス、若葉賞と連勝した。皐月賞は馬主の和田共弘と調教師の二本柳俊夫の対立(シリウスシンボリ移籍事件、詳細は二本柳俊夫を参照)の影響で出走できず、若葉賞の次は東京優駿(日本ダービー)に出走し、皐月賞を5馬身差で優勝したミホシンザンが骨折で回避したこともあり単勝1番人気に推された。レースは荒れた重馬場の中、ほぼ全頭が大外ラチ沿いを回る異例の展開となった中、スダホークを3馬身差で下し優勝馬になった。

東京優駿(日本ダービー)後はシンボリルドルフに帯同して海外に遠征する予定であったが、シンボリルドルフが故障のため遠征を中止したことから、単独で渡欧した。日本に戻ったのは1987年の秋になったため、同世代の二冠馬ミホシンザンとは一度も対戦していない。海外では14走してバーデン大賞 (GI) 4着、フォワ賞 (GIII) 2着やロワイヤルオーク賞 (GI) 3着などの成績を残し、シーシック賞では1番人気に推されたが3着と勝利することはできなかった。また凱旋門賞にも出走し、結果はダンシングブレーヴの14着ではあるが、まれにみる高レベルのレースのなかで積極的にレースを運んでの14着である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%AA
-----引用 ここまで-----

 さて、シンボリルドルフの方。

-----引用 ここから-----
■第51回優勝 シンボリルドルフ
     
父     :     パーソロン
母     :     スイートルナ
馬 主     :     シンボリ牧場
生産者     :     シンボリ牧場
調教師     :     野平 祐二
騎手     :     岡部 幸雄
通算成績     :     16戦13勝(内海外成績1戦0勝)
主な勝鞍     :     皐月賞、日本ダービー、
菊花賞、有馬記念(’84・’85)、
天皇賞(春)(’85)、
ジャパンカップ(’85)
    シンボリルドルフ
      史上4頭目のクラシック三冠馬で、初めて無敗で三冠を達成した。
1984年、1985年と2年連続でJRA賞年度代表馬となり、1987年には顕彰馬に選出される。GIレースを7勝し、その成績や馬名から「皇帝」「七冠馬」とも称された。
引退後は種牡馬として活躍し、GIレース4勝の二冠馬トウカイテイオーなどを輩出。
-----引用 ここまで-----

 シンボリルドルフの血統も続いて欲しかったなぁ……。たいへん残念です。

-----引用 ここから-----
シンボリルドルフは公開入札という広く株主を募集する手法で10億円(2000万円×50株)のシンジケートが組まれ、北海道門別町のシンボリ牧場で種牡馬生活に入った。1世代目の産駒が1990年にデビューし、そのなかから自身に勝るとも劣らないGI4勝の二冠馬トウカイテイオーを出した。このトウカイテイオーにより父子2代連続の無敗での皐月賞・東京優駿の二冠制覇を達成した。2世代目の産駒からも4歳牝馬特別、東京新聞杯優勝のキョウワホウセキや、ステイヤーズステークス優勝、宝塚記念2着のアイルトンシンボリ、フランスの重賞で2着に入ったジャムシードを輩出した。1994年にはアイルトンシンボリらの活躍により生涯の最高位となる種牡馬ランキング6位に入った。その後中央競馬の重賞馬を出せないでいたが、1999年にツルマルツヨシが朝日チャレンジカップ、京都大賞典に優勝した。

2000年に行われた「20世紀の名馬大投票」で22,521票を獲得し、6位に選出された。ちなみに1位はナリタブライアンで、得票は37,798票だった。また、雑誌『Number』で行われた競馬関係者による「20世紀の名馬アンケート」ではシンザンに次ぐ2位に選ばれた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%AA%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95
-----引用 ここまで-----

 ツルマルツヨシは期待していて種牡馬入りもしたんですけど、まあ、やっぱりすごい子は出ませんでした。

■2013/5/21 ナリタブライアンC ファンの選ぶ日本ダービー馬 1990s「ダービーメモリーズ」ファン投票
 1990sの投票結果も三冠馬。大体三冠馬ですね。

-----引用 ここから-----
1990s ダービーメモリーズ ナリタブライアンカップ (京都第9レース)
順位     回     年度     優勝馬     票数
1     第61回     1994     ナリタブライアン     16,510
2     第58回     1991     トウカイテイオー     13,067
3     第65回     1998     スペシャルウィーク     10,466
4     第59回     1992     ミホノブルボン     6,159
5     第60回     1993     ウイニングチケット     4,000
6     第57回     1990     アイネスフウジン     3,711
7     第64回     1997     サニーブライアン     3,231
8     第63回     1996     フサイチコンコルド     2,511
9     第66回     1999     アドマイヤベガ     1,916
10     第62回     1995     タヤスツヨシ     1,392
選択無     559
合計     63,522
http://www.jra.go.jp/news/201304/040102.html
-----引用 ここまで-----

 しかし、ここは票が割れましたね。それだけ豪華だったということでしょうか?
 あと、サニーブライアンの方がフサイチコンコルドやアドマイヤベガより上ってのはちょっと意外でした。

-----引用 ここから-----
■第61回優勝 ナリタブライアン
     
父     :     ブライアンズタイム
母     :     パシフィカス
馬主     :     山路秀則氏
生産者     :     早田牧場新冠支場
調教師     :     大久保 正陽
騎手     :     南井 克巳
通算成績     :     21戦12勝
主な勝鞍     :     朝日杯3歳ステークス(’93)、
皐月賞、日本ダービー、
菊花賞、有馬記念(’94)

      史上5頭目の三冠馬。「ビワハヤヒデの弟」としてデビュー時より注目を集める。気性改善のために装着したシャドーロールが代名詞的な存在となり、「シャドーロールの怪物」とも呼ばれた。
朝日杯3歳ステークスから有馬記念までクラシック三冠を含むGIレースを5連勝して、1994年のJRA賞年度代表馬に選出され、1997年には顕彰馬にも選出された。
-----引用 ここまで-----

 ナリタブライアンは早世してしまったのが、たいへん残念です。有力馬も残せませんでした。

-----引用 ここから-----
第26回高松宮杯出走後に発症した屈腱炎が原因となって1996年10月に競走馬を引退した。競走馬を引退したあとは種牡馬となったが、1998年9月に胃破裂を発症し、安楽死の措置がとられた。(略)

牡馬としてのナリタブライアン

ナリタブライアンは2世代にわたって産駒を残しており、死亡から2年後の2000年に1世代目が、翌2001年に2世代目がデビューした。しかし、重賞を勝つ馬は出なかった(重賞ではマイネヴィータ・ダイタクフラッグが記録した2着、GIでは2002年皐月賞でダイタクフラッグが記録した4着が最高着順)。また、1頭も後継種牡馬を残すことが出来なかった。産駒に牝馬が多かったため、母の父として血を残すことが期待されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3
-----引用 ここまで-----

 有力馬の集まる2世代で重賞馬が出なかったところを見ると、大物は出なかったかもしれませんけど、やはり残念なことには変わりありません。




■2013/5/21 ディープインパクトC ファンの選ぶ日本ダービー馬 2000s「ダービーメモリーズ」ファン投票
 2000sの投票結果もやっぱり三冠馬。

-----引用 ここから-----
2000s ダービーメモリーズ ディープインパクトカップ (京都第10レース)
順位     回     年度     優勝馬     票数
1     第72回     2005     ディープインパクト     28,488
2     第74回     2007     ウオッカ     16,687
3     第71回     2004     キングカメハメハ     5,628
4     第68回     2001     ジャングルポケット     4,011
5     第67回     2000     アグネスフライト     2,103
6     第73回     2006     メイショウサムソン     2,070
7     第69回     2002     タニノギムレット     1,505
8     第75回     2008     ディープスカイ     1,329
9     第70回     2003     ネオユニヴァース     1,253
選択無     448
合計     63,522
http://www.jra.go.jp/news/201304/040102.html
-----引用 ここまで-----

 対象は2009年までで、今年初め時点での現役馬を除く……でした。
 この条件で外れたのは2009年の勝ち馬ですね。ロジユニヴァースです。
 というか、まだ現役だったんだ……。

 私は好きな馬ということでジャングルポケット。票数見ると意外に検討しています。
 地味くさいメイショウサムソン(でも、好きでした)が良くって、タニノギムレットやディープスカイという強かったなぁと思う馬が不人気。よくわからないですね。
(ディープスカイよくよく見ると、ダービー以降3着を外していないものの、G1勝ってなかったんですね)

 あと、タニノギムレットとウオッカが、親子で同じランキングに入っていて笑いました。早く引退しましたからね。

-----引用 ここから-----
■第72回優勝 ディープインパクト
     
父     :     サンデーサイレンス
母     :     ウインドインハーヘア
馬主     :     金子真人氏
生産者     :     ノーザンファーム
調教師     :     池江 泰郎
騎手     :     武 豊
通算成績     :     14戦12勝(内海外成績1戦0勝)
主な勝鞍     :     皐月賞、日本ダービー、
菊花賞、天皇賞(春)(’06)、
宝塚記念(’06)、
ジャパンカップ(’06)、
有馬記念(’06)

      “皇帝”シンボリルドルフに次ぐ、史上2頭目の無敗の三冠馬。
2005年、2006年と2年連続でJRA賞年度代表馬に選出され、2008年には顕彰馬にも選出された。騎乗した武豊騎手が「空を飛ぶような走り」と表現し、その走りについてはストライド(歩幅)や走行フォームに至るまであらゆる角度から科学的に分析されるなどして注目を集めた。
-----引用 ここまで-----

 ディープインパクトは種牡馬としても成功しそうで、今年のダービー1番人気もディープインパクト産駒のキズナです。

-----引用 ここから-----
2010年(平成22年)に初年度産駒がデビューした。6月26日に福島競馬場で行われたメイクデビュー福島にてサイレントソニックが勝利し、産駒の中央競馬初勝利を記録した。その後も産駒の勝利数は順調に増え続け、11月21日に京都競馬場で行われた2歳未勝利戦でボレアスが勝利し、産駒26頭目の勝ち馬となり、2005年(平成17年)にアグネスタキオンが記録した25頭を抜きJRA2歳新種牡馬の勝馬頭数の新記録を達成。さらに11月27日には京都競馬場で行われた2歳未勝利戦でハッピーグラスが勝利して、産駒のJRA通算勝利数が31勝となった。これにより父サンデーサイレンスが持っていた種牡馬供用初年度のJRA通算勝利数30勝の記録を16年ぶりに更新した。さらに12月25日には阪神競馬場で行われたラジオNIKKEI杯2歳ステークスでダノンバラードが1着になり、産駒初の重賞制覇となった。最終的に初年度産駒がJRAの2歳戦で41勝し、総獲得賞金5億3704万3000円をあげた結果、ディープインパクトは2010年度のJRA2歳リーディングサイアーに輝いた。なお、この産駒出走初年度の総獲得賞金記録も、サンデーサイレンスが持っていた4億9062万5000円の記録を16年ぶりに更新することとなった。

2011年(平成23年)にはマルセリーナが桜花賞を制し、産駒のGI競走およびクラシック初制覇を果たした。(略)

2012年(平成24年)に入ると、ジェンティルドンナが桜花賞を制し、産駒初の重賞2勝馬の誕生となった[注 18]。後に同馬は優駿牝馬、秋華賞も制し、牝馬クラシック三冠を達成すると同時に、日本競馬史上初の親子での三冠馬となった[注 19]。さらに同馬は3歳牝馬として初めてジャパンカップも制し、同競走では史上3組目となる父仔制覇となった。4月15日にはフランスのグロット賞 (G3) をビューティーパーラー (Beauty Parlour) が勝利し、産駒初の日本国外重賞初制覇を果たした。同馬は続く5月13日、プール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー) (G1) にも勝利し、日本国外のG1競走初制覇も達成した。そして5月27日に行われた第79回東京優駿(日本ダービー)でディープブリランテが優勝し、史上7組目の父仔ダービー制覇を成し遂げた。最終的には産駒がG1・5勝を含む重賞18勝を挙げるなど活躍し、初のJRAリーディングサイアーに輝いた。産駒はJRAで216勝を挙げたが、これはキングカメハメハの184勝(2011年)を塗り替える、内国産種牡馬のJRA年間勝利数の新記録である。また、JRA2歳リーディングサイアーの座も獲得した。種牡馬デビューから3年連続での2歳リーディングサイアー獲得は、父・サンデーサイレンスも成し得なかった快記録である。なお、中央・地方合算の全国リーディングも獲得している。これらの産駒の活躍で翌2013年の種付料は、種付時までに全納のみで1,500万円(不受胎時全額返還)にまで値上げされたが、すぐにBOOK FULLとなるなど、サンデーサイレンスの後継種牡馬の一頭と目されている。なお、東京優駿とジャパンカップをそれぞれ別の馬で父仔制覇を成し遂げたのはディープインパクトが初である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%97%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E3%83%88_%28%E7%AB%B6%E8%B5%B0%E9%A6%AC%29
-----引用 ここまで-----


■2013/3/22 日本で最高評価のレースはジャパンカップで世界10位 有馬記念は宝塚より下


 世界で高評価の国内レースは (文 有吉正徳    2013年3月22日 朝日新聞)によると、国内最高の評価を受けたレースはジャパンカップ。世界10位でした。
 これは、国際競馬統括機関連盟は世界のGIレースの上位50レースを選び、そのランキングを発表したものによります。日本からはジャパンカップのほか宝塚記念(17位)、有馬記念(19位)、天皇賞・秋(20位)の4レースがランクインしました。

 釈然としない順番だろうと思いますが、決め方は以下。

-----引用 ここから-----
 レースの順位は2010~12年の3年間のレースレベルを数値化し、その平均値で決められた。それぞれのレースの数値は上位4頭の成績を基に決められた。出走馬が粒ぞろいであればあるほどレースの数値は上がる。
-----引用 ここまで-----

 1位も変なレースになっています。2位・3位もマイル戦で違和感があります。

-----引用 ここから-----
 1位になったのは英チャンピオンSだった。理由は怪物フランケルだ。その生涯成績14戦14勝というフランケルが昨年、引退レースに選んだのがチャンピオンS。フランケルが優勝したことでレースの価値が一気に上がった。2位は米ブリーダーズカップマイルで、3位はフランスの凱旋門賞とジャック・ル・マロワ賞が並んだ。
-----引用 ここまで-----

 あとこのやり方だと、3歳戦は悪く出ているのかも。ヨーロッパと言えば、3歳馬なのに…。


身長が高すぎてやばい松本大輝騎手、さらに伸びる

■2026/05/28 身長が高すぎてやばい松本大輝騎手、さらに伸びる


■2026/05/28 身長が高すぎてやばい松本大輝騎手、さらに伸びる

 日本では引退した武幸四郎騎手が高かった記憶ですが、たぶんもっと高いですね。2021年にデビューしたときの”松本 大輝(2021年 ルーキーズ) JRA”で、松本 大輝(まつもと ひろき)騎手は176.0センチメートルと紹介されています。
https://www.jra.go.jp/datafile/meikan/rookies/2021/jockey7.html

 ほとんどのスポーツで、身長の高さは不利に働くのですが、競馬の場合はあまり有利に働かず。さらに、競走馬の負担重量以下に収まる体重を維持しなくてはいけない、減量しなくてはいけないことを考えると、ちょっと考えられない身長の高さです。
 このデビュー当時の体重は、46.3キログラムとありました。176.0センチで46.3キログラムってやばすぎですわ。
 私は173センチの55キログラムなんですけど、それですら「痩せすぎ。大丈夫?」「病気じゃないの?」とよく心配されます。176.0センチで46.3キログラムって信じられません。

 しかし、松本大輝騎手はここからさらに成長している感じ。”178センチ9頭身“超大型新人”松本大輝騎手デビュー「勝って目立ちたい…」特別戦騎乗一番乗り【JRA】:中日スポーツ・東京中日スポーツ”(2021年3月4日 17時36分)という記事ではタイトルにあるように、178センチになっています。

<スラリと伸びた178センチの長身。8頭身、いや9頭身か。小柄な関係者が多いこの世界でひときわ長身が目立つ。父はオースミロッチで京都大賞典を勝つなど活躍した松本達也元騎手。「子どものころから競馬を見ることが多かった」という松本にとってジョッキーを目指すことになったのは自然の成り行きだった。 >
https://www.chunichi.co.jp/article/212335

 さらに、今Wikipediaを見たら、179 cmになっていてたまげました。ただでさえ高いのにさらに伸びたんでしょうか。大丈夫なんですかね。心配になる背の高さです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E8%BC%9D_(%E7%AB%B6%E9%A6%AC)#cite_note-jra-1

 ただし、この179 cmは”JRA. 2023年6月24日閲覧”とあり、2026/05/28現在、引用元の”騎手情報 JRA”を見てみると、”176.0センチメートル”となっています。縮んで元の身長に戻りました。それでも、十分異常な高さですけどね。
(ひょっとしたら最初の”松本 大輝(2021年 ルーキーズ) JRA”の身長も最新データに基づいたのかもしれません)
https://www.jra.go.jp/JRADB/accessK.html


珍名馬まとめ オダギラーこと小田切有一と対抗馬たち

■2017/01/09 珍名馬まとめ オダギラーこと小田切有一と対抗馬たち
■2013/6/9 珍名馬ジャマスルナ、誰にも邪魔されずに後方を一人旅
■2015/8/22 珍名馬メイジュンジュライ 冠名「メイジュン」じゃなくて5月6月7月
■2015/12/17 馬名のおもしろ誤変換 タッチオブジョイがタッチオブ女医


■2017/01/09 珍名馬まとめ オダギラーこと小田切有一と対抗馬たち
 よく書いていたものの、読まれない珍名関係の話をまとめ。珍名馬と言うと、オダギラーこと小田切有一さんが有名ですけど、ポストオダギラー的な馬主さんたちにも頑張ってほしいということで、そういったタイトルで。最初はその小田切有一さんの話からです。

■2013/6/9 珍名馬ジャマスルナ、誰にも邪魔されずに後方を一人旅

 ジャマスルナという名前の馬がいて、何かオダギラーみたいな名前だなと思ったら、普通に小田切有一さんのお馬さんでした。掲示板では「凄い馬名ですね。みんな避けてくれるかな?」というコメントがついていたのですが、「邪魔されることなくしんがり負け」という結果になりました。


 [5] マル優さん
後方にいたら誰にも邪魔されませんね…。
次はハナをきってスタートして邪魔するな!って言ってみてください。
頑張れ!!
http://db.netkeiba.com/?pid=horse_board&id=2011105716&thread=horse

 「15番人気17着 勝ち馬1:23.7、ブービー1:25.5、ジャマスルナ1:31.1」という残念な結果に。小田切有一さんはオレハマッテルゼなど、よく走る馬もたくさん所有されているんですけどね、この子はダメそうだなぁ……。
 私、このレースたまたま見ていたんですよ。そしたら「何で中央競馬に来ちゃったの?」と思うほど道中からみんなと離されている馬がいて、「どうしたんだろう、この子?」と思って馬名を見たらジャマスルナだったんですよ。

■2014/10/8 高須クリニック高須克弥院長 競走馬イエスタカスの名称拒否で激怒

 えっ、何でこんなんで怒っているの?というわけがわからない話。

-----引用 ここから-----
高須院長、馬名拒否で激怒「なめとる!」 - 芸能ニュース : nikkansports.com

美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長(69)が6日、来月デビュー予定だった自身所有の競走馬の名称登録を日本中央競馬会(JRA)に拒否されたとして(略)Twitterで怒りをぶちまけた。

(略)高須氏は「拒否理由も言わん!わしをなめとる!」「メンツ丸つぶれだよ!」と憤慨。「頭にきたぜ!馬主会やめてやる!」と収まらない怒りをつづった。
[2014年10月6日17時37分]
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20141006-1378314.html
-----引用 ここまで-----

 何でこれでメンツ潰れるのかはよくわかりませんが、馬鹿みたいにわめいています。それは良いとして、高須氏が登録しようとした競走馬の名前の話。「イエス・タカス」と日刊スポーツではありました。じゃあ、「・」つけたのが悪いんじゃないの?と無粋なことを言いますが、まあ、普通に申請は「イエスタカス」だったんでしょうね。
 さらに"3つ候補を出すように指示されたたため、「イエスイエスタカス」「イエスタカスイエス」との名前でも申請したが、3つとも拒否された"とのこと。あと、おもしろいんでそのまま引用しましたが、「指示されたたため」って「た」1個多いですね。
 馬主が競馬詳しいとは限らないんですが、拒否の理由は明らかです。宣伝禁止のためでしょう。なぜ知らん?という話ですわ。

-----引用 ここから-----
日本中央競馬会(JRA)では、競馬施行規程の第22条5項の規定により、競走馬名には広告宣伝を目的にした名称は使用できないと定められている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%A0%E5%90%8D
-----引用 ここまで-----

 ただ、一方で高須克弥院長がこのルールを知った上で怒っている可能性もあります。この営利目的による禁止は割と緩いんですね。上のWikipediaも実はこの後「が、冠名に関しては事実上容認されている」とされていました。
 私もこれくらいで…と不思議に思うことは思います。しかし、どうもコマーシャルの文句らしい…という話も聞きました(私はテレビ見ないので知りません)。そうすると、冠名だけでなく全体で営利目的による広告宣伝と解釈できます。これならやはり拒否が妥当そうです。
 あと、ここまで書いてきて思いましたが、高須克弥院長は何かと爆弾発言する方ですよね。となると、本当に怒っているというよりは、このツイート自体が炎上商法的な広告宣伝だったのかもしれません。だとすれば、まんまと乗せられましたわ~。

2021/01/11追記:なお、その後読んだ話によると、高須克弥院長自身は直接申請しておらず、なおかつ実際には高須克弥院長の主張する馬名ではそもそも申請されていなかったことが判明していました。なので、全くJRA側に否はなく、高須克弥院長が勝手に勘違いして叩いていただけだったみたいです。迷惑ですね。

■2015/8/22 珍名馬メイジュンジュライ 冠名「メイジュン」じゃなくて5月6月7月

 「メイジュンジュライ」という馬名を最初見たときは、特に違和感なく、気づかなかったんですよ。
 メイショウオウドウなどの「メイショウ」、メイケイペガスターなどの「メイケイ」などの「メイ~」という冠名があります。なので、「メイジュン」もそういうものだと最初思っていて、初見のときはスルーしていました。しかし、5月6月7月なのか! これはちょっとおもしろいですね。

5月     May     メイ
6月     June     ジューン
7月     July     ジュラィ

 念の為に馬名の意味も調べたら「夏の月名より」とありました。悪くないセンスだと思います。


■2015/12/17 馬名のおもしろ誤変換 タッチオブジョイがタッチオブ女医

 マイクロソフトのIMEは特に弱いですが、ATOK2007での話。

-----引用 ここから-----
時々おかしな変換をする私のATOK2007。最近のヒットは「タッチオブ女医(タッチオブジョイの07)」。完全に意味と方向が変わっている。次点はマイネルミステリ男(ミステリオ)。
-----引用 ここまで-----

 タッチオブ女医は危ないですね。逮捕されそうです。あと、今私が「タッチオブジョイ」と打とうとすると、グーグルIMEは「タッチオブジョイトイ」と予測変換。この単語そのものが存在するわけではないようですけど、「インリン・オブ・ジョイトイ」との絡みだと思われます。賢いんだか、賢くないんだかわからない予測変換です。

 競走馬の馬名でもこれ系の話は結構あるのでは?と検索すると、なぜか見つかりませんでした。代わりに実際に登録された馬名が間違い…という似て非なる話が検索でヒット。

-----引用 ここから-----
誤植 - Wikipedia
競走馬のダイユウサク(1991年の第36回有馬記念優勝馬)は、本来馬主は「ダイコウサク」という馬名にするつもりだったが、競走馬登録の際に「コ」と「ユ」の文字を取り違えられて「ダイユウサク」の名前で登録されてしまい、以後その名前で現役を通した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%A4%E6%A4%8D
-----引用 ここまで-----

 マジか、知りませんでした。これ系で私が知っていたのは、「スウヰイスー」。ただ、字が汚かったか、書き間違いだったと記憶していたので、記憶違いでしたね。

-----引用 ここから-----
スウヰイスー - Wikipedia

スウヰイスー(読み方:すうぃいすー)は、日本の競走馬(牝馬)。初の中央競馬牝馬クラシック二冠を達成した。女優の高峰三枝子が馬主として保有していた。

馬主は「スウヰトスー」(現代の仮名遣いでは「スウィートスー」にあたる)という名で登録するつもりだったが、電話で馬名についての指示を受けた調教師が「ス・ウイ・スー」と聞き間違えたため、「スウヰイスー」で登録されてしまったと言われる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%83%B0%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BC
-----引用 ここまで-----

 この「スウヰイスー」は「スー」がつくことしか覚えておらず、苦労して探したのですが、その際にもう1頭発見。

-----引用 ここから-----
競馬暇潰し名馬事典:465・ラフォンテース 2010年02月11日

本来はフランス語の『ラフォンテー「ヌ」』だったみたいなんです… で、それを誤読…『ラフォンテース』で登録…
→馬主、『間違えをなおしてくれ』と、申請する… →却下される… →謎の名前のまま走る… って事になってしまった
http://blog.livedoor.jp/runfor4/archives/51394496.html
-----引用 ここまで-----

 それにしてもおもしろ誤変換が見つからなかったのは、想定外でした。こういうのはIMEが賢くなるほど減りますからね。もうかなり少なくなっているのかもしれません。

2026年5月26日火曜日

欧州では高評価も…ダノンバラード買い戻しは失敗?

■2020/01/06 欧州では高評価も…ダノンバラード買い戻しは失敗?
■2020/01/06  日本の馬場はディープインパクト専用仕様、欧州向きは走らない?
■2020/02/16 良い種牡馬だが日本は不向き 切れ味なくタフな馬場が最適だった
■2020/09/14 この金額でダメ?なかなか売ってもらえなかったダノンバラード
■2020/09/14  売買成立までわざと走らせなかったダノンバラード産駒

 


■2020/01/06 欧州では高評価も…ダノンバラード買い戻しは失敗?

  Our Pleasure 2018年10月号を最近になって読んでいて、ビッグレッドグループがダノンバラードをヨーロッパから買ったことを今頃知りました。 Our Pleasureはいつも1年遅れくらいで読んでいるので、情報が非常に遅いのです。
 ダノンバラード購入は、ビッグレッドグループの馬であるナイママなどが当初走ったことが理由みたいですね。ただ、そのナイママはその後完全に伸び悩み。現役時代の競走成績より良い穴種牡馬としては評価できそうですけど、岡田繁幸さんが期待するほどの活躍馬となるのは難しいんじゃないかと思います。ディープインパクトは後継種牡馬に恵まれておらず、それがG1未勝利のダノンバラード…となると、ドラマとしては非常におもしろいんですけどね。私好みです。

 前述のOur Pleasure 2018年10月号では、ザ・ブラッド 血統表を紐解く! T.I.Sでダノンバラードの話がありました。
 こちらによると、英国バッツフォード牧場に繋養されていたダノンバラードは、クラシックのG1英2000ギニーや、中距離王決定戦のG1英チャンピオンSに勝って同牧場に繋養されていたハーフドを上回る評価を受けていたとのこと。このため、買い戻し交渉は難航したそうです。
 ただ、ひょっとしたら日本より欧州向きだったのではないか?という見方もあり、 日本への買い戻しは裏目に出る可能性も感じています。


■2020/01/06  日本の馬場はディープインパクト専用仕様、欧州向きは走らない?

 同じ記事によると、岡田繁幸さんは、ダノンバラード導入の5年前の2013 年の月刊優駿8月号で、以下のような話をしていたそうです。ビッグレッドは、ステイゴールド産駒のゴールドシップを種牡馬として購入していることを踏まえた上で読んでください。
 「サンデー系に対抗可能な馬を、海外まで視野を広げて、これからも探します。そうして種牡馬事業の基盤を支えながら、常にサンデー系のトップを狙う。それが方向性ですね。ディープインパクトとステイゴールド、両馬はすでに有力な後継として名乗りを挙げていますから、その産駒の中から、今後の主流をなす種馬を手に入れたいと狙っています」
「あと5年後か、10 年後か、サンデー系の能力に世界中のホースマンがひれ伏す時がやって来ます。そしてこの先の20 年か30 年、サンデー系は君臨します。それくらいすごい存在なんです。(中略)なぜそこまで言い切れるかと言えば、ああいう体質が他の系統から出ないと知っているからなんです。僕自身、何かの拍子にサンデーみたいなのが出てくれないかって凄く期待してやってきましたけど、自然界は甘くありません。必然性がないと出てこないのです」
  凱旋門賞でのディープインパクト産駒の成績はボロクソで、逆に日本のジャパンカップは海外馬がボロクソ。日本の馬場の特殊性は、ディープインパクト専用仕様とも 揶揄されていました。このことは欧州で高評価だったダノンバラードが、日本ではそうではないのでは?という見方に繋がるでしょう。
 ただ、 日本調教馬ではないディープインパクト産駒は2018年に結果を出しました。英国でサクソンウォリアー、フランスでスタディオブマンと欧州でデビューした2 頭の直仔がG1競走を制しています。岡田繁幸さんの予言が当たったわけですね。海外でも通用するようです。
 ビッグレッドグループのラフィアンやウインで出資している私としては、ダノンバラードも日本に合ってくれるとありたがいのですけど…。


■2020/02/16 良い種牡馬だが日本は不向き 切れ味なくタフな馬場が最適だった

 ダノンバラードはもしかしたらうまく行かないかも…というコメントは、"ダノンバラードの掲示板 | 競走馬データ - netkeiba.com"( [6206] natumeさん)でもありました。
https://db.netkeiba.com/?pid=horse_board&id=2008103548

 ダノンバラード産駒の傾向としては、ダノンバラード自身と同じで<早い上りはまず出せない>ということ。このため、芝の東京、阪神、京都、新潟の良馬場では極めて厳しい結果になっているといいます。重要な競馬場が多いため、やはり日本の馬場向きではないと言えるかもしれません。
  一方良さとしては、<逆に馬場がタフになればなるほど、距離は伸びる程いい>ということ。さらに最終的には日本の馬場だと、圧倒的にダート向きになるという予想も。
 やはり<まだ時期尚早かもしれませんが、ダノンバラードには日本よりも英国や欧州の馬場の方が合っていたとは思いますが>という結論です。

 一発逆転の奇跡としては、ディープインパクトの子トーセンホマレボシ産駒で重賞を複数勝っているミッキースワローのように、切れ味を母系やディープの隔世遺伝で受け継いだ産駒が現れれば、元から有する底力と合わせて芝でも超大物を輩出する一発の魅力は十分にあると思うとのことでした。



■2020/09/14 この金額でダメ?なかなか売ってもらえなかったダノンバラード

 ヨーロッパ向きと思われるダノンバラードは、現地でもそこそこ評価されていたことがわかる話が、Our Pleasure2018年12月号でありました。岡田紘和ラフィアン代表の巻頭のごあいさつによる導入の経緯でそれあがわかります。…と思ったのですけど、読み直してみると、現地での評価はそう高くなかったとも読めますね。

<最初にオファーしたのは昨年の11月上旬。売り情報が無い中でのオファーなので当然それなりの金額を提示したのですが、あっさりと断られ(中略)そこで倍の金額を提示しましたが、それも却下されます。全く売る気が無いわけではなく、手応え的にはさらに上の2億円を提示しても買えない可能性が高いと感じました。一方で、ヨーロッパでディープインパクト産駒Saxon Warrior やSeptember の活躍があるにしても彼らが当馬に対してそれだけ強気になれる根拠は乏しいこと、そしてそれだけ強気ならば他に売る可能性が低いことを考え合わせて、深追いはせずに一度引くことにしました。(中略)翌年の4月下旬に彼らからエージェントを通して「まだ興味はあるか」「同じ金額なら売っても良い」との話があったので、(中略)5月上旬に最後に提示した額より少し低い金額で売買契約書を結びました>

 結果的にシンジケート総額は約1億8000万円となっています。 

 ■2020/09/14  売買成立までわざと走らせなかったダノンバラード産駒

 ちなみにダノンバラード初産駒が昨年のサマーセールに上場され、岡田繁幸総帥がそこでその1歳馬ナイママに非凡な才能を感じ自ら落札したところがきっかけ。売買契約書を結ぶまではもちろん、契約後から売買証書を交わすまではナイママに派手なパフォーマンスをさせるわけにはいかず、能力検査やデビュー戦の時期や時計には気を遣ったとのこと。安く買えるように工夫したという主張でした。

  売買契約書は5月上旬。売買証書は不明ですが、支払い後の検疫に入ったのは6月29日だとのこと。ナイママは 売買契約書を結んだ後の門別  JRA認定フレッシュ(新馬)    で勝利。2戦目は、すでに支払いが終わった後の7月末ですね。

 そういえば、岡田総帥はナイママよりアルママの能力の方を買っている感じで、でかい発言もしていました。あれは、ナイママを目立たせなくする戦略のひとつだったのでしょうか。

2026年5月25日月曜日

キングカメハメハの後継種牡馬?クリーンエコロジー、11頭の産駒でいきなり中央で人気勝利

■2020/07/03 クリーンエコロジーという謎の新種牡馬にびっくり…
■2020/07/03  キングカメハメハの後継種牡馬?クリーンエコロジー、11頭の産駒でいきなり中央で人気勝利

■2020/10/05 ディープエコロジーという馬名、意外に意味の深い名前


■2020/07/03 クリーンエコロジーという謎の新種牡馬にびっくり…

 2歳の勝ち馬で父クリーンエコロジーという馬(ディープエコロジー)がいて、なんだこれ?と思いました。しかも、人気薄ではなく、2番人気で勝っています。
 マイナー種牡馬としてあるパターンは兄弟が大活躍馬、馬主が大物で趣味での種牡馬入りというもの。しかし、どちらでもありません。これなら未出走でも種牡馬入りということがあるのですけど、戦績見ると地方の活躍馬なんですね。恥ずかしながら知りませんでした。
 キングカメハメハ産駒で中央で新馬戦に勝ち、新潟2歳Sでも1番人気。それなら覚えていて良かったのですけど、私は記憶していませんでした。デイリー杯2歳Sでは4着しており、過剰評価でもなかったようです。
 ただ、トラブルがあったのか、次走までに1年。ここで500万条件からのやり直しになったものの、再びオープンクラスまで上がって重賞にも出走していました。にも関わらず、名前を覚えていなかったというのは、私がどうかしていますね。
 古馬になってからは出走こそあれど、重賞では未活躍。活躍は地方に行ってからですね。地方重賞をいくつか勝ちます。とはいえ、これで種牡馬入りというのはやっぱり解せませんね。大したことがありません。


■2020/07/03  キングカメハメハの後継種牡馬?クリーンエコロジー、11頭の産駒でいきなり中央で人気勝利

 当然ながら種付け頭数も少なくなります。初年度産駒はわずか11頭だとのこと。ところが、その中で中央初出走の産駒がいきなり人気で勝利。すごいですね。やはり地方競馬からの種牡馬はそもそも中央勝利すらまれであるようでした。

<地方競馬で活躍して種牡馬となったケースは、近年ではルースリンドからストゥディウムとヤマショウブラック、グランシュヴァリエからリワードアヴァロン、セレンからブラヴールが地方重賞を制しているが、まだ中央での産駒勝利はない>
( 【こちら日高支局です・古谷剛彦】初年度11頭のクリーンエコロジー産駒から中央で勝ち馬 今年の新種牡馬産駒は面白い スポーツ報知 2020年7月1日 07:00 より)

 なお、地方では、 リュウノメアリー(牝2歳、北海道・川島雅厩舎)が新馬戦で2着に入るなど上々の滑り出しを切っていたとのこと。逆に言うと、地方ですら勝っていないのに先に中央で勝ったんですね。
 ここから成り上がって、キングカメハメハの後継種牡馬候補になると、ドラマチックでおもしろいのですけど、日本では難しいかもしれません。




■2020/10/05 ディープエコロジーという馬名、意外に意味の深い名前

 最初、ディープエコロジーという名前を見て、ディープインパクト産駒だと思ったのですが、前述の通り、実際にはクリーンエコロジー産駒でした。母父がディープインパクトなのでディープはそちらから。ややこしくてあまり良くないと思うのですけど、稀にあるパターンですね。

 ただ、この馬の名前の場合、単にふたつの単語をくっつけたというだけでなく、ちゃんともともとある意味のある単語になっているというのがうまいですね。Wikipediaによると、ディープエコロジーは、1973年にノルウェーの哲学者アルネ・ネスが提唱したエコロジーの概念。人間の利益のためと考えられていたそれまでの環境保護運動を深めて、環境保護それ自体を目的したものだそうです。

 なお、その後のディープエコロジーの戦績ですが、函館2歳S(G3)では人気にならずに13番人気で結果も10着と振るわず。次のクローバー賞(OP)も7番人気9着と全然です。人気での勝ち上がりなのでもっとやれるかとも思ったのですが、新馬戦はレベルが低すぎて人気になっただけなのかもしれません。残念です。



2026年5月24日日曜日

サイレンススズカの二つ名「異次元の逃亡者」 聞いた覚えがない

■2022/03/15 サイレンススズカの二つ名「異次元の逃亡者」 聞いた覚えがない
■2026/05/24 音速の貴公子と呼ばれた競走馬とレーサー、ともに事故死
■2026/05/24 音速の貴公子が亡くなった日と生まれた日が同じだった?
■2026/05/24 三重県鈴鹿でスズカ、ミスズ、サンレイ、サン、スリーなどなど
■2009/4/19 ラスカルスズカ種牡馬入りするも産駒は永井さん関連ばかり…


■2022/03/15 サイレンススズカの二つ名「異次元の逃亡者」 聞いた覚えがない

2023/03/24:サイレンススズカ関連でひとつ投稿を作っておこうということで、他で書いていた話をこちらにも転載しました。

2022/03/15:久しぶりに競馬ゲームをやろうかと思ったのですが、私は競馬ゲームをやると、馬名を名付けるところで悩んで全然ゲームが進みません。そこで、先に馬名をたくさん考えておこうと思って、最近、日課の散歩のときなど、暇なときに考えています。
 ただ、なかなか良い名前が思い浮かびません。ボツ馬名ばかり出てくるので、ここではちょっとそこらへんを紹介して「供養」しておこうかな…と。

 あと、今度やるときは、好きな馬をモデルホースを決めて、その血統を延々とつなげて行きたいな…と思っています。私はPOGでも近親や父が好きな馬…といった感じで選んでおり、そこらへんの思い入れが競馬の魅力だと思います。
 ただ、これでやると、かなり馬選びが限定されちゃうんですよね。なので、血統的にちょっと似てればモデルホースと近いと思い込む…ということで、これからはどんどん甘く、どんどん広くしていきたいと思ってもいます。それもどうなのか?という話ではあるんですけど…。

 で、馬名も基本的に好きな馬にちなんだ名前…ということになります。「~系」となっているのは、そのモデルホースということです。

・ヨジゲングルービー (サイレンススズカ系)
 これがなんでサイレンススズカにちなむ名前なのか?と言うと、サイレンススズカの二つ名「異次元の逃亡者」から。その異次元からさらに四次元に広げちゃってるんですけどね。正直「異次元の逃亡者」ってのは、私は聞いたことない二つ名だったのですが、これまたなるべく広く広くしていかないと、すぐにネタ切れになるということで採用しています。
 ただ、「イジゲン」と言うと真っ先に思い浮かぶのは、POG馬だったメイショウイジゲンですね。中央では勝利できなかったものの、未勝利で長く好走を続けて結構楽しめました。このメイショウイジゲンは同じくPOG馬だったメイショウテッサイの近親ということで指名。メイショウテッサイはメモを確認すると、兄のメイショウクオリア(この馬は特に好きではなかった馬)が重賞を勝っていたという理由での指名でした。メイショウテッサイも未勝利を勝てなかったものの、地方からのカムバックで中央でも1勝、全部で66戦するという息の長い活躍をしてくれて好きでした。主に追込が主体で、いつも「いつか来るんじゃないか!」と期待させてくれた馬です。馬券もずいぶん買いました。
 「ヨジゲングルービー」という馬名の話を全然していませんでしたが、これはなんとなく響きがコミカルでいいかな?と思ったもの。ただ、その程度なので、もうひと押し足りなかったんですよね。
 あと、名前の響きは昔あった「サムライトルーパー」というアニメに似ているな…と後から思いました。と書いて、見直すと、言うほど似てないですね。ちなみに「サムライトルーパー」は名前を知っているだけで、見たことはないアニメなので、全然内容はわかりません。


■2026/05/24 音速の貴公子と呼ばれた競走馬とレーサー、ともに事故死

 ウイニングポスト7 2012をやっていたら、サイレンススズカは「音速の貴公子」と呼ばれていました。「異次元の逃亡者」 と同様に私はやはり聞き覚えがないものの、検索すると出てきます。また、記事タイトルにもなっていたので、ある程度定着していた二つ名かもしれません。

 ところで、「音速の貴公子」で検索すると出てくるのは、サイレンススズカではなく、F1レーサーのアイルトン・セナ。大活躍しながらもレース中の事故で亡くなっており、サイレンススズカと悲しいところが似てしまっています。

・アイルトン・セナ - Wikipedia
<アイルトン・セナ・ダ・シルバ(Ayrton Senna da Silva, 1960年3月21日 - 1994年5月1日)は、ブラジルのレーシングドライバー。F1世界選手権において、1988年・1990年・1991年と、計3度ワールドチャンピオンを獲得した。
 F1史を代表するドライバーの1人とされ、多くの投票で「史上最高のF1ドライバー」や「史上最も影響力のあるF1ドライバー」に選出されている[1][2][3][4]。計65度のPP獲得数は、2006年にミハエル・シューマッハに更新されるまで歴代1位の記録であった。(中略)
 異名には「Genius(天才)」「マジック・セナ」などがあり、若手時代には「ハリー」の愛称でも呼ばれた。日本では、古舘伊知郎が名付けた「音速の貴公子」がよく知られている[5]。>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%8A


■2026/05/24 音速の貴公子が亡くなった日と生まれた日が同じだった?

 サイレンススズカの生年月日を見ると、なんとアイルトン・セナが亡くなった日と同じ1994年5月1日になっていました。できすぎですね。本当なんでしょうか?

サイレンススズカ - Wikipedia
<サイレンススズカ(欧字名:Silence Suzuka、1994年5月1日 - 1998年11月1日)は、日本の競走馬。>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%B9%E3%82%BA%E3%82%AB

 あと、アイルトン・セナと同じということからすると、アイルトン・セナが由来でつけられた二つ名なのかな?と思いました。ただ、Wikipediaでは特にそういった話はなし。そもそも二つ名について書いていません。
 一方、Wikipediaでは、アイルトン・セナについての話は出ており、誕生日以外の共通点を以下のように書いていました。

<サイレンススズカが誕生した1994年5月1日はイタリアでF1・サンマリノグランプリが行われ、この大会でアイルトン・セナがレース中の事故により亡くなった日でもあった[114]。馬主の永井が所有馬に付ける「スズカ」の冠号は鈴鹿山脈が由来であるが[115]、第118回天皇賞が行われた1998年11月1日は鈴鹿サーキットにおいて日本グランプリが行われていた日でもあり[71]、そのため当日は「スズカ、ポールトゥウィン」という見出しが新聞各紙において活字となっていた[71]。>

 「ポールトゥウィン」というのは、モータースポーツにおいてポールポジションからスタートし、そのままレースに勝利することだとのこと。なので、「スズカ、ポールトゥウィン」というのは、「サイレンススズカが逃げ切り勝ち」という意味で、たぶんサイレンススズカの本命予想記事だったんじゃないかと思われます。


■2026/05/24 三重県鈴鹿でスズカ、ミスズ、サンレイ、サン、スリーなどなど

 ちなみに馬主の永井さんの関連馬は、三重県鈴鹿市のスズカの他、三重県由来と思われるスリーの冠名が使われています。サンもあったと思ってWikipediaを見ると、いろいろありましたわ。そうだ、ミスズもありましたね。ほとんどは三重県というよりは、三重県+鈴鹿といった名付け方だったようです。

・永井啓弍 - Wikipedia
<冠名は預ける厩舎によって使い分けており[9]、2023年現在は鈴鹿山脈に由来する「スズカ」(主に橋田満厩舎[1])[9]のほか、「三重県鈴鹿」に由来する[9]「ミスズ」(主に加藤敬二厩舎[1][注 1])、読み替えた「サンレイ」を主に使用している。過去には、「三重県」および「太陽(Sun)」より[9]「サン」(主に高橋成忠厩舎[1])、「鈴峰」より「レイホー」も用いられた。>
永井商事名義の主な所有馬
<父の永一が仲間と設立した会社で[1]、勝負服の柄は青、白星散。以前は緑、緑袖白一本輪を使用していた。冠名には三重県からの連想で[9]「スリー」を用いる。>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4%BA%95%E5%95%93%E5%BC%8D

 トヨタカローラ三重の重役だったのは知っていたんですけど、Wikipedia見ると、ふたりの息子はレーシングドライバーでもあるというのでびっくり。サイレンススズカのところで出てきたモータースポーツの話が、思わぬところでまた出てきました。

<レーシングドライバーでトヨタカローラ三重代表取締役社長、トヨタホーム三重代表取締役社長[7]の永井宏明[4]と同じくレーシングドライバーでネッツトヨタノヴェル三重代表取締役社長[8]である永井秀貴[5]は息子。>


■2009/4/19 ラスカルスズカ種牡馬入りするも産駒は永井さん関連ばかり…

 ラスカルスズカ産駒ってどうなの?と思って調べてみました。
 ラスカルスズカは、お兄さんのサイレンススズカが好きで弟も応援していた…という馬。結局G1は取れず仕舞いでしたが、種牡馬入り。初年度産駒が2005年生まれで2007年デビュー。2009/4/19時点で走っているのは2世代のみです。

 活躍しているか以前に、産駒を見てみるとなんかもう圧倒的に頭数が少ないです。nekeibaの検索で出てきたのは2世代32頭のみ。全然ですねー。近親に活躍馬がいるので種牡馬として悪く無さそうな気がしたんですけど、てんで期待されてないみたいでした。

 産駒の馬主もパッと見、スズカ冠名の馬主の永井さん関連ばっかり。この頭数ですから、やはりすごい馬…というのも出てきいませんね。どうしても難しいです。
 この低レベルの中の稼ぎ頭は牝馬のサワヤカラスカル。馬主は永井啓弍さんで母親も同じ名義のサワヤカスズカ、祖母もダンシングスズカで永井血統。母父はサクラバクシンオーです。
 賞金は5,515.6万円。まだ4歳なので増えるとは思います。3月に1600万下で勝って、先週の阪神牝馬Sで4着。連対は芝の1400か1200のみということで短いです。

 その次になるとぐっと下がって1,410万円。その他の馬は1000万円未満と辛い状況です。
 1,410万円の子は牡馬。名前はスリーラスカルでやっぱり永井さん関連の永井商事。母スリーキリコ、祖母スズカフェアリー、曾祖母スリーファイヤーということで、脈々と永井さん関連で続きます。こういうのいいですね。憧れます。
 母父はサンキリコで永井さん系の冠名のひとつ「サン」がつき、また永井さん関係?と思うかもしれませんけど、サンキリコは普通に海外馬。リファール系の種牡馬です。
 スリーラスカルは新馬戦でいい脚使って2着したのを覚えていて、ラスカルスズカの産駒では1番期待していました。3戦目で勝ちあがってくれたものの、昇級してからは全く通用せず掲示板に乗れません。残念です。
 今年に入ってからは、障害に転向していたみたいです。初戦を2着して「おっ!?」て感じですが、以降3、4、10着と段々と悪化。障害でもいいから、どこかで活躍して欲しいですね。

 できることなら、ラスカルスズカには後継種牡馬になるような産駒を輩出してほしいんですけど、現状のレベルを見ると無理そうな感じ。
 でも、頭数の少なさを考えると、戦績は悪くないのかもしれません。先週までのAEI(アーニングインデックス)は1.46。同年にデビューした他の種牡馬を見て確認してみましょう。
 シンボリクリスエスが1.33、ゴールドアリュールが1.46、エアエミネムが0.39、アグネスデジタルが0.90、ショウナンカンプが0.74、エイシンプレストンが0.31、ロサードが0.81、ファルブラヴが0.51、トワイニングが0.89、グランデラが0.47、ムーンバラッドが0.44、アラムシャーが0.68。

 …って、1位タイじゃないですか!?
 これはまあ冷静に考えると、まだ4月でデータが少なく途中経過状態であり、調査のタイミングがたまたま良かったということでしょうね。でも、シンボリクリスエスやゴールドアリュールに比べておそらく繁殖の質が低いであろうことを考えると、評価してもいいんじゃないでしょうか?
 あと、新種牡馬で期待していたファルブラヴとエアエミネムの数字が悪くて、ショックでした。エアエミネムはだからフランス行っちゃったんですかねー。確かに向こうでデインヒルの評価は高いですけど・・・。密かにめっちゃ期待していたのに…。

 とりあえず、ラスカルスズカは評価が見直されるといいなーと思います。


最近でも単走がある!1頭だけが出走した理由は?

■2020/01/18 あまりに強すぎて皆回避、単走が8度もあったエクリプス
■2020/01/18 最近でも単走がある!1頭だけが出走した理由は?
■2023/03/10 G1なのにみんな回避で30年ぶり単走!強すぎたスペクタキュラービッド 


■2020/01/18 あまりに強すぎて皆回避、単走が8度もあったエクリプス

  1764年生まれというえらい前の話ですが、エクリプスという歴史的名馬がいました。まだサラブレッドが確立される前ですから相当前ですね。そのもととなったアラブ種の最も重要な競走馬です。
 エクリプスは18戦18勝。当時のレースは今とは全く違っており、同じ馬で長距離レースを何度も戦って勝負を決するというヒートレースが多く7勝しています。ただ、それより多いのが、単走の8勝でした。

 なぜ単走が多いのか、勝てたのは相手が怪我で棄権して運が良かったわけじゃないか?と言うと、そうではありません。あまりに強すぎたためです。
 エクリプスの強さが明らかになるにつれ賭けレースを挑もうという人は少なくなります。当時のやり方だとこれではレースができません。馬主が貴族でもジョッキークラブに所属しているわけでもないエクリプスにとって出走する競走がないという問題が出てきたとWikipediaにはあったので、馬主が異なれば状況はまた少し違ったみたいですが、とにかくエクリプスの場合はダメでした。
 そこで、その後も出走可能な競走に出走したものの、登録するとすぐに皆が回避してしまうために、8度の単走を行うことになったといいます。


■2020/01/18 最近でも単走がある!1頭だけが出走した理由は?

 これは飽くまで18世紀の話。ただ、最近でも上記と同じイギリスで単走レースがあったと聞いて驚きました。
 このレースの場合は強い馬ではありません。また、出走取消が相次いたのではなく、元から1頭しか出走馬がいなかったとのこと。しかも、重賞レースだと言うので驚き。そんなことがあるんですね。オールウェザーの重賞・ウィンターダービーが行われた、2019年02月23日のリングフィールド競馬場6Rの3歳クラス5戦(AW1600m)だとのことでした。
 
   凱旋門賞の前哨戦のフォワ賞が数頭で調教みたいなレースになる…ということもありましたが、このレースの場合はそもそもちゃんと走らなかった模様。ゲートもなしで残り1ハロン地点からスタートして、ゴールさせたそうな。もうやらんでいいじゃん、それ!というレベルです。
 
 あと、勝った(のか?)Greybychoiceは「強い馬ではありません」どころではなく激弱。このときは、前年6月ニューマーケットのデビュー戦が9頭立て9着、7月ヤーマスの2戦目が6頭立て5着以来で、成績が悪いだけでなく、約7か月半ぶりの出走という好走が難しそうな条件でのレースでした。これで1着取れたんだから最高ですね。ちなみに優勝賞金2911ポンド(約42万円)だったそうです。(イギリスで単走レース - 競馬ニュース | netkeiba.comより)
 
  馬名の「Greybychoice」は「Grey  by choice」をつなげたものでしょうか。レース選択が良かったので、「良いチョイスでしたね」といった感じです。
   仮に「Grey  by choice」ならこの馬名はどういう意味かも検討してみることに…。 「by choice」は「選んで、好き好んで、自分で決めて」などといった意味。その前の「Grey」は灰色のグレイのイギリス英語。ただ、名詞だと意味が変だと思うので、動詞じゃないかと予想。動詞のグレイなら「灰色になる」「白髪になる」「歳を取る」といった意味があるようです。
  ということで、「老けたねって言うな。好きで老けているんだよ」といったニュアンスでしょうか。だとすれば、変わった名前です。それとも、次第に白い毛が増えていく芦毛の馬なんでしょうか。
 
 ところで、弱い馬なのでこれを勝ったら次はもう相手にならない気がします。即引退かと思って、リンクあった海外サイト見ていたら、その後も走っていました。もともと海外の競馬は日本より儲からないものなので趣味なんでしょうね。
   とはいえ、結構頑張ってるときもありそうな感じ。海外サイトはすごくわかりづらいんですけど、13頭中5着や、8頭中4着っぽい数字が見られます。大赤字でしょうが、頑張っていました。 


■2023/03/10 G1なのにみんな回避で30年ぶり単走!強すぎたスペクタキュラービッド

 別の単走レースの話を。上記まではイギリスの話でしたが、今回はアメリカの話。スペクタキュラービッド (Spectacular Bid) という馬で、この馬の場合、G1を13も勝って種牡馬入りしており、歴とした名馬というタイプです。日本の馬でもたまに血統表で目にしたような種牡馬ですね。
 Wikipediaによると、当初は苦戦するものの、すぐに一変して圧勝し、2歳の時点で才能開花。文句なしの最優秀2歳牡馬となっています。

<2歳となった1978年の6月にデビューし、当初こそ2敗を喫したものの、ワールズプレイグラウンドステークスで15馬身差の圧勝劇を演じたのを皮切りに連勝街道に乗る。シャンペンステークスを2馬身4分の3差、ローレルフューチュリティを8馬身2分の1差で勝利し、断然の評価でこの年の最優秀2歳牡馬に選ばれた>

 快進撃が2歳の時点で終わる…という馬もいますが、前述の通り、スペクタキュラービッド はG1を13も勝って種牡馬入りしたような名馬。アメリカで最も重視される3歳でも大活躍しています。

<3歳時はハッチソンステークスから始動しキャンターのまま4馬身差で楽勝。12日後のファンテンオブユースステークスを8馬身差、更に連闘で臨んだフロリダダービーでは後方から捲り4馬身2分の1差、フラミンゴステークスではバックストレッチから一頭だけスパートを開始し、ゴール時には12馬身差と快進撃は止まるところを知らず、すでにケンタッキーダービーが9日後に迫っているなか、ブルーグラスステークスへと出走し、7馬身差で勝利する。
 本番のケンタッキーダービーは、後方から捲り気味に進出し、ジェネラルアセンブリーを下して勝利。わずか5頭立ての少頭数となったプリークネスステークスは、4番手からバックストレッチで進出を開始し5馬身2分の1差をつけ、コースレコードに0秒2差の好タイムで優勝する。2歳時の敗戦からここまで12連勝で、圧倒的な強さに当時「2000mまでならセクレタリアトよりも上」との評価が出るほどであった。ところが、三冠のかかったベルモントステークスでは当日に安全ピンが蹄に刺さるというアクシデントがあり、コースタル、ゴールデンアクトの後塵を拝する3着に敗れてしまう>

 三冠を逃したのは、アクシデントであり、疲労ではなさげ。ただ、ケンタッキーダービー前の「ブルーグラスステークス」は余計でしたね。日本の三冠と全く違い、アメリカの三冠はただでさえ短期集中方式。使いすぎと言いたくなるような使い方はどうかと思います。
 アクシデントで三冠を逃したため、実質三冠クラスと言えそうなスペクタキュラービッドは、秋になって本当の三冠馬アファームドと対決。しかし、アファームドには敗れたそうです。

<秋にはジョッキークラブゴールドカップで、1歳年上の三冠馬アファームドと対峙した。僅か4頭立てながら、アファームド、スペクタキュラービッド、コースタルと役者が揃っていた。レースでは、逃げるアファームドにスペクタキュラービッドが何度も競りかけるが、アファームドはその度に距離をとる。直線では内からコースタル、外からスペクタキュラービッドが襲い掛かるが、アファームドは更に伸び、ねじ伏せるような形で勝利した。スペクタキュラービッドは4分の3馬身遅れての2着だった。この敗戦により、最優秀3歳牡馬には選出されたが、年度代表馬はアファームドのものとなった>

 とはいえ、スペクタキュラービッド が相当強い馬であったことは間違いなく、古馬になっても強さは衰えませんでした。古馬では連勝を続け、なんと全勝のまま引退しています。そして、その強さゆえに、このページのテーマである「単走」という珍事が発生。30年以上なかったといいますから、当時としてもものすごく珍しい出来事だったようです。G1レースだったにも関わらず、みんな回避してしまったという異常事態でした。出れば入着確実だったんですし、もったいない気がしますけどね。

<古馬となったスペクタキュラービッドは、年初めのマリブステークスを馬なりで5馬身差の圧勝を遂げると、チャールズH. ストラブステークスで1:57.8という史上空前の世界レコードで勝利する。この後も圧勝で連勝を続け、アモリーL. ハスケルハンデキャップで名牝グローリアスソングを破ると、引退レースとなったウッドワードステークスはあまりの強さに他陣営が恐れをなし、1948年以来の単走のレースとなった。アファームドに敗れてから引退まで9連勝。生涯獲得賞金は278万1608ドルで、アファームドを抜いて当時の新記録だった。>

 「日本の馬でもたまに血統表で目にしたような種牡馬」と書いたのですが、「最高」であった競走成績から見ると、種牡馬成績は「失敗」と言って良いものだったようです。

<引退したスペクタキュラービッドは、当時のレコードとなる総額2200万ドルでシンジケートが結成され、クレイボーンファームで種牡馬入りした。初年度となる1981年の種付け料は15万ドル。だが、種牡馬成績はG1勝ち馬が1頭と、多大な期待には遠く及ばず、繁殖牝馬の質と種付け料は低下の一途をたどった。1991年にニューヨーク州のミルファーファームに移動。(中略)
 通算の種牡馬成績は、勝ち上がり頭数253頭のうちステークス勝ち馬が47頭、獲得賞金は1900万ドル以上。母の父としては、スペクタキュラービッドが死んだ時点で69頭のステークス勝ち馬を出していて、そのなかには2001年カルティエ賞最優秀スプリンターのMozartなど8頭のG1勝ち馬が含まれている>


2026年5月23日土曜日

外国人騎手が強いのは不正してるから?ムチ使いすぎ激走問題

■2026/05/23 外国人騎手が強いのは不正してるから?ムチ使いすぎ激走問題


■2026/05/23 外国人騎手が強いのは不正してるから?ムチ使いすぎ激走問題

 <NHKマイルC「ヤリすぎ右ムチ10連打」で1着レーン騎手に制裁!短期免許の外国人「激走馬の次走」が危ないワケ|au Webポータルコネタニュース>(2026/05/11 11:45 アサ芸プラス)という記事がありました。GI・NHKマイルカップでダミアン・レーン騎乗のロデオドライブが勝利したレースの話です。

 レース後、JRAは決勝線直前でのムチの使い方に違反があったとして、レーン騎手に過怠金5万円の制裁を決定。「連続してムチを使用できるのは5回まで」のところ、今回、レーン騎手はゴール直前に「右ムチを10連打」。ムチの使い方自体も違反に問われた可能性があるそうです。
 これ自体はその通りなのでしょうが、記事ではここから怪しい話になっていきます。

<こうしたハッスルプレーは、当該馬の馬券を買っている競馬ファンには頼もしい限りだろう。しかし、調教師や馬主らにとっては「複雑な一面」が存在する。問題となるのは、ヤリすぎた騎乗が馬にもたらすダメージだ。(中略)
 短期免許で来日中の外国人騎手にとっての至上命題は「とにかく勝って稼ぎまくる」。一方、年間を通じてお手馬に騎乗する日本人騎手の場合は、レースが馬に与えるダメージを見極めながら、最適な騎乗を心がけることが多い。
 筆者がなんとも気の毒に感じるのは、短期免許の外国人騎手から日本人騎手に乗り替わって惨敗した場合だ。この時、一部の競馬ファンは「やっぱり日本人騎手は追えない」などと不満を漏らすが、実際には前走における外国人騎手の「ヤリすぎた騎乗」がアダとなっているケースが少なからず存在するのだ。
 言葉は悪いが、日本人騎手にとっては「火事場ドロボー」に遭ったような気分だろう。>
https://article.auone.jp/detail/1/1/1/42_1_r_20260511_1778468001548103

 一部納得できるところはあり、これが当てはまるパターンもあるかもしれません。ただ、あまりにも穴が多すぎて、納得できないところが多くあります。

 例えば、今回のように制裁が出ている好走例がどれほどあるのか?という話。「制裁で出ていないが外国人騎手はやりすぎ」という主張なのかもしれせんけど、そうなるといくらでもこじつけられます。外国人騎手の好走例が数え切れないほど多数ある中で、やりすぎ例がたった1つだけだと納得しがたいものがありますね。

 ちなみに、激走後の反動で走らなくなる馬が多い騎手というのは、以前も指摘がありました。ただし、外国人騎手ではなく、外国人騎手がいなかった時代の大昔の日本のトップ騎手です。日本人トップ騎手でもそういう例があったことは、「年間を通じてお手馬に騎乗する日本人騎手はセーブして短期免許の外国人騎手はやりすぎる」という主張と矛盾する方向性です。

 この主張に関しては、他の面でも疑問があります。レーン騎手がそもそもそうなのですけど、短期免許とはいえ、今後も来日する可能性がある騎手がその場限りの騎乗を本当にしまくるのか?という疑問。毎年のように来日する騎手は、今後のために調教師や馬主らの機嫌を損ねることは得策ではありません。

 さらに、ここの調教師や馬主らの意向というのが、根本的な問題。本当に外国人騎手のやりすぎを彼らが問題だと思っているなら「依頼しなけりゃ済むじゃん!」で終わる話。まだまだ矛盾点がありそうですが、これが一番の疑問点ですね。
 現実に外国人騎手に依頼が多い…特に有力馬の依頼が多いということからすると、実際には、調教師や馬主らは外国人騎手に乗ってもらうメリットの方が大きいと感じているのだと思われます。


岩田望来騎手がすごい予想外の理由 でも斎藤新騎手の方がさらにすごい?

■2019/03/13  岩田望来騎手がすごい予想外の理由
■2019/03/13 でも斎藤新騎手の方がさらにすごい?
■2019/12/01 現時点での新人騎手勝利数ランキングの1位は?
■2020/05/04 注目の2人斎藤新と岩田望来、2年目で明暗が分かれる


■2019/03/13  岩田望来騎手がすごい予想外の理由

 最近は結果至上主義となり、昔ほど若手騎手を育てる習慣がなくなった昨今は、いわゆる「2世騎手」でも苦戦しているといった話の後に、「だが彼は違う」と名前を挙げられていたのが、岩田康誠騎手の次男となる 岩田望来(みらい)騎手です。
 この記事JRA岩田康誠「息子」は超大型新人!? 武豊以来の「新人王当確」路線......最強厩舎&最強エージェント付きの"VIP待遇"に呆然 (GJ)は、2018.03.21のものであり、デビューの1年前。なので、正確にはまだ騎手ではありません。この時点ですでに活躍できると断定するのも不思議な話。
 で、能力がそれほど高いのか?と言うと、実はそこがすごい理由じゃありませんでした。昨今何かと話題になるエージェントが理由なのです。

 記事によると、すでに"デビュー時から、いきなり父・康誠騎手や福永騎手を担当している小原靖博氏がエージェントに就く計画がある"とのことでした。
 「新人騎手の環境という面では極めて異例ですし、『歴代最高』と述べても差し支えないかもしれません。さすがに話を聞いた時は呆然としました」と競馬記者が言っていました。今はエージェントの影響が強いので、納得の理由です。
 でも、親の七光りみたいな理由なので、叩かれちゃうかも。逆にかわいそうかもしれません。


■2019/03/13 でも斎藤新騎手の方がさらにすごい?

 上記の記事では、"場合によっては武豊騎手が記録し、三浦皇成騎手が塗り替えた新人最多勝記録を更新する可能性もなくはないはずだ"という気の早い話をしていました。
 ところが、1年経ってみると、上記とは同じ同じGJで、JRA新人騎手「空前のハイレベル」!? 岩田康誠息子よりも期待大な有望株とは(GJ)という記事が登場。いい加減すぎて、怒りよりも笑いがこみあげてきました。

 競馬学校を卒業したのは、岩田望来騎手(栗東)の他、大塚海渡騎手(美浦)、亀田温心騎手(栗東)、小林凌大騎手(美浦)、斎藤新騎手(栗東)、菅原明良騎手(美浦)、団野大成騎手(栗東)。
 また、今年は、外国で実績を残している藤井勘一郎騎手というおもしろい存在がいます。この説明を聞いただけで、ワクワクしてきます。
 しかし、注目されていたのは、藤井騎手ではなく、美浦の斎藤誠調教師の長男で、過去に池添謙一騎手、三浦皇成騎手も受賞したアイルランド大使特別賞した斎藤新騎手。
 彼は珍しく父と違う所属。栗東です。「父の誠調教師と相談した結果、『お父さんと離れた方が、僕も父も甘えない』と考えたためだそう。若いのに、あえて厳しい環境に身を置くことを決めたプロ意識の高さは目を見張るものがありますよ」と競馬ライターは評価していました。

 また某若手騎手が『今年の新人はレベルが高い』と話すなど、他の騎手も注目だとのこと。ただ、 名前が挙がっていたのは、岩田望来騎手だけでした。

 私の現在の騎手メモを見ると、高評価は藤井勘一郎騎手と菅原明良騎手。藤井騎手は見ていて、おっ!と思うところあって名前をすぐ覚えたので、さっきの経歴を聞いて興味を持ちました。注目の斎藤新騎手はメモでは平均点。一方、低評価だったのは、なんと岩田望来騎手でした。
 ただ、まだ1レースか2レースしか点数をつけておらず、 いくらでも変わるところ。20~30レース見ないと、私の好みの騎手かどうかはわかりません。
 ちなみに私の好みの騎手は総じてリーディング下位。なので、逆に私に気に入られない方が良いかもしれません。ただ、最近だと気に入った武藤騎手がその後ブレイク。たまには当たります。



■2019/12/01 現時点での新人騎手勝利数ランキングの1位は?

 新人騎手ランキングみたいなのあるだろうと検索したのですけど、見つからず。仕方ないので地道に見ていきます。間違いあったらごめんなさい。

<新人騎手勝利数ランキング>
27     斎藤新    38勝
32     岩田望来 32勝
 36     菅原明良 27勝
71     亀田温心 11勝
 113     大塚海渡 3勝
146 小林凌大 0勝
146 団野 大成 0勝 (2020/05/04追記:見逃しミス。実際には20勝くらい?)
(65     藤井勘一郎   13 勝)

 前評判の高かったふたりが普通に1位、2位というおもしろくない結果に。2人とも30勝を達成しており、JRA賞最多勝利新人騎手の資格がありますね。
 あと、JRA賞最多勝利新人騎手を見直していたら、武藤騎手は1年目は24勝で該当者なしの年でした。良くなった2年目は37勝、今年はここまで35勝であり、今年の新人はハイレベルな感じです。

 私の感想メモを見ると、厳密には新人ではない 藤井勘一郎騎手が当初のイメージのままトップ。21レース見て5点満点中3.19で全体で17位になっています。ただ、新人騎手らに勝ち星で負けていますし、世間の評価は高くない模様です。
 ちゃんとした新人騎手で一番良い評価なのは、23レース見て3.17、全体では22位の菅原明良騎手。全然記憶にないんですけど、良い点数つけていたみたい。彼はデビュー前に大きく騒がれてなかったものの、27勝で3位につけており、前評判以上の健闘でしょう。なんかむしろすごいんじゃないかと思っちゃいます。
 一方、前評判も勝利数も良い二人ですが、斎藤騎手は私の評価だと2.95で真ん中くらいの点数。5点満点なので3が平均ですが、実際につけた点数を平均してみると、2.95くらいで真ん中です。岩田望来騎手もちょうど同じ点数でした。相変わらず、私は世間の評価と違いますね。これで2年目以降私の評価と同じ活躍具合になると、すごくね?となるのですけど、今までのパターンからするとそうでもないと思います。
 ああ、そういえば、 最近では藤田菜七子騎手も気に入った新人。彼女の場合はいろいろと特別と言われてしまいそうですが、41勝を上げており、客観的な数字で見ると大成功ですね。最近見る目が肥えてきたのでは?と、ちょっと期待しちゃいます。


■2020/05/04 注目の2人斎藤新と岩田望来、2年目で明暗が分かれる

 前回の後、評価の良かった2騎手の明暗が別れた感じ。斎藤騎手の評価が下がった一方、岩田望来騎手はますます高い評価を得ている雰囲気。現在の騎手リーディングでは、岩田望来騎手はなんと8位であり、結果もすごいですね。
 2019年の12月に追記した直後に気づいたのですけど、この世代では 団野騎手の騎乗が気に入っていることに気づき、書くタイミングを間違えたな…と。気づいていれば、団野騎手押しってかけたのに…と思いました。
 ただ、前回の追記を見直すと、団野騎手はその時点でなんと0勝。相変わらず世間の評価と違う感じですね…と思っていたら、2020年は13位。世代では岩田騎手に次ぐ順位です。さすがにおかしいな…と見直すと、前回のが間違いだったっぽいですね。上位に名前がなくて0勝だと思ったものの、見逃しただけみたいです。2019年も26勝で42位で、十分乗れていましたわ。
 今年の順位は、また見逃しミスあるかもしれませんが、2人の後は23位斎藤騎手、30位亀田騎手、40位藤井騎手といった感じですかね。
 私の現在の点数評価上位は、菅原騎手が17位でトップ、藤井騎手が22位、亀田騎手が24位となっていました。亀田騎手印象ないものの、良かったようです。というか、勝ち星で菅原騎手は苦戦、4勝で67位となっています。
 イメージは良かったものの、点数評価だと団野騎手は 27位止まり。岩田望来騎手は半分より上ですが57位。斎藤騎手は真ん中くらいの78位となっています。この世代の評価全般に良い感じですね。まあ、私が若手の積極騎乗好きで、リーディング上位が好きじゃないことが多いってのもあるんでしょうけど…。年を取れば取るほど好きじゃなくなる傾向があります。


2026年5月22日金曜日

武豊騎手が若手の武藤(雅)に危機感 その理由とは?

■2018/05/09 武豊騎手が若手の武藤(雅)に危機感 その理由とは?
■2019/04/15 関西遠征の武藤雅騎手、騎乗馬も自分で確保
■2019/11/18 米ベルモントオークスに挑戦して健闘していた武藤騎手



■2018/05/09 武豊騎手が若手の武藤(雅)に危機感 その理由とは?

 「武豊が若手の武藤雅に危機感」ってのは嘘じゃないのですけど、実はタイトル詐欺なところがあります。
 怪物・横山武史VS神童・木幡育也 武藤雅・川又賢治・富田暁騎手の評判は?で書いたように、武藤雅騎手は好きな騎手。なので、脅かす存在として怖がっているというのなら嬉しいのですけど、そうじゃないのです。

 2017 年、実弟の武幸四郎騎手が引退したことで『武』の姓が武豊騎手1人になありました。この際に、マスコミなどの表記を「武」にするか「武豊」するかが話題になったそうです。
 そして、この話題に武豊騎手が直接関与したそうな。本人の希望で「武豊」に落ち着いたとされていました。
 ところが、字面が似ている武藤騎手がデビュー! 以下のようにおっしゃっていたそうです。

「ホッとしていたら、今度は『武藤(雅)』が現れた。見た目、すごく似てるでしょ?これだったら、もしかしたら『武』一文字の方がわかりやすかったかも(笑)」
(武豊が「ポスト武」不在に危機感。競馬界の未来を憂うレジェンドが昨年「新人最多勝騎手」の名を挙げた意外な理由とは | GJ より)

 私は武藤騎手が乗る馬は全部馬券検討しているんですけど、マジで間違えます。いわゆる空目ってやつです。確かにややこしいですわ。
 なお、武豊騎手は「今の新人騎手は騎乗技術が上がってきているし、見ていて『こいつはできる』とか『どんどん上手になってきている』と思う若手もいる」とも言っていたそうな。その若手に、武藤騎手が含まれていると嬉しいです。

関連:怪物・横山武史VS神童・木幡育也 武藤雅・川又賢治・富田暁騎手の評判は?


■2019/04/15 関西遠征の武藤雅騎手、騎乗馬も自分で確保

 武藤雅騎手が阪神競馬場にいて、あれ?と思いました。関西では珍しいと思ったら、ひょっとしたら初めての関西遠征なのかも。 関西遠征が初めてではないものの、デビュー後では初めて栗東トレセンを訪れたとしている記事がありました。
(美浦の武藤騎手がデビュー後初の栗東訪問 - サンスポZBAT!競馬より)
 わざわざ行くので重賞で騎乗があるんだろうなと思ったらやはり。所属する水野厩舎で土日とも乗ります。
 アーリントンC出走のニシノカツナリの騎乗は評価が割れていて、「外に出すの遅かった」「馬は強いのに騎手が下手」といった批判も。ただ、内枠だったので、私はむしろうまく外に出せたと思いました。6番人気4着であり、人気よりも走っています。
  アンタレスSのクロスケも悪くないように思えたのですが、もう少し早く仕掛けた馬などが勝利。思ったより伸びませんでした。ただ、こちらも結局10番人気6着でした。

 ところで、記事で気になったのが、 「週末の騎乗馬も自分で確保しなければいけないので、調教でアピールできれば」と言っていたこと。あれ、エージェントいないんですかね?
 また、そういう状態だったのに、騎乗数少なくないんですよ。前述の馬を含めて、土曜日が5頭、日曜日が8頭でした。関西でも注目されていたという理由なら嬉しいですね。
 あと、人気の馬も頼まれてるじゃん!と思ったのですが、これは勘違い。最終オッズでは6番人気が最高。先の ニシノカツナリ含めて3頭でした。最高着順も6番人気の馬で、4歳上500万下のレッドシャーロットの2着となっています。


■2019/11/18 米ベルモントオークスに挑戦して健闘していた武藤騎手

 気づかなかったんですけど、海外騎乗していたんですね。しかも、G1。さらに挑戦したのが1勝馬と、いろいろと変わった感じです。
 騎乗したのは、2019年7月6日の ベルモントオークス招待(G1・芝2000m)。名コンビとも言われて印象に残る走りを見せている3歳牝馬のジョディーでした。国内でもG1を走っている馬とは言え、有力どころではないためやはり変わったチャレンジでしょう。そのため、挑戦そのものにも批判が出ていたようです。
 しかし、結果は逃げ粘って、勝ち馬のコンクリートローズから2.3/4馬身、ハナ、2馬身の差の4着という大健闘。9頭立てだから、アメリカの芝の牝馬G1のレベルは低めだからといった声もあったのですけど、どうでしょうね。
  9頭立てであっても4着は立派でしょう。最近見ていないのであれですけど、海外競馬では日本ほど多頭数にならないことが以前は多い印象でした。また、以前も低レベルだったとは思えませんが、アメリカの芝は最近特に重視される方向性です。
 調べてみると、今回のレースではエイダン・オブライエン厩舎が2頭出しするなどヨーロッパの馬が3頭も出ていて、アメリカの馬に敗れていました。ジョディーより上は2着のエイダン・オブライエン厩舎の馬ジャストワンダフルのみ。特別アメリカの芝牝馬のレベルが低いわけではないように見えます。
 あと、いつも書いているように、アメリカ・ヨーロッパ・日本などは単純にレベルの高い・低いとは言い切れず、その国や競馬場の競馬に合う・合わないといった適正の部分が大きくなっています。そういう意味では、4着という悪くない結果が出た今回は良いレース選択だったと言えそうです。
 


2026年5月21日木曜日

スズカルパン16年ぶり100戦達成、前回はハルウララではない

■2020/06/25  スズカルパン16年ぶり100戦達成、前回はハルウララではない
■2024/07/15 6年以上ほぼ毎月走って怪我せずに最多出走記録 高齢でも好走

■2020/06/25  スズカルパン16年ぶり100戦達成、前回はハルウララではない

 スズカルパンは特に印象なかったのですけど、11歳で16年ぶり8頭目の100戦達成をしていたと今頃知りました。以前はハルウララ?と思いましたが、ハルウララではなく私も好きだったハートランドヒリュ。追込が得意でたまに穴をあけるイメージなので狙っていました。そのハートランドヒリュは現役時に亡くなってしまいましたが、スズカルパンは100戦を達成し、元気なうちに引退しています。
 スズカルパンの同期にはジェンティルドンナやゴールドシップ。ゴールドシップの他、ディープブリランテ、ジャスタウェイなどはすでに産駒が走っているので、同期の子供たちといっしょに走っていたということになります。

 長く走ったものの、スズカルパンは丈夫なタイプということではなかった模様。 担当の高橋一厩務員は、「最大の弱点は爪なんです。特に左前脚。鉄屋さん(装蹄師)は大変だったと思いますよ。爪に効くサプリをもらったりもしましたね」としていました。
 環境の変化に弱い馬だともいいます。東京に輸送して体が14キロも減ったことがあったので、ほぼ当日輸送のみ。栗東から最も近い京都で最多50戦、実に96戦が当日輸送。除外が多そうな条件に見えますが、それでも達成。中央という時点でもハードルが高いんですけどね。一方で、環境を変えないという意味で、ほとんど放牧にも出さなかったというのはレース数増加に繋がっています。
(【下鴨S】11歳ルパン100戦目 16年ぶり8頭目の金字塔― スポニチ Sponichi Annex ギャンブル[ 2020年5月1日 05:30 ]より)

 あと、このような記録は馬主さんありきなのですけど、馬主さんに話を聞いたものはパッと見ヒットせず。スズカ系は冠名も名義もいろいろというイメージですが、スズカルパンは永井宏明さんの所有馬です。母の父ラムタラですが、父スズカマンボ 母ルンルンスズカという「スズカ」色の強い血統でもありました。馬主さんの話も聞いてみたいですね。

■2024/07/15 6年以上ほぼ毎月走って怪我せずに最多出走記録 高齢でも好走

 スズカルパンは8頭目の100戦以上走った馬でした。逆に言うと、その前に7頭100戦以上走った馬がいます。で、それらの馬が名前がわからないかと検索したものの、うまく見つからず。スズカルパンの前はハートランドヒリュであり、彼のWikipediaを見てみましたが、特に記載がないですね。代わりにハートランドヒリュのWikipediaを少し紹介しておきます。

 休んでいなかったという覚えはなかったのですけど、ハートランドヒリュはほぼ毎月走っていたということで、恐ろしいほど走っていました。最後は「急性心不全」であったものの、それまではずっと大丈夫であり、「使いすぎ」とは言えない感じ。意外に大丈夫です。

<2歳(現表記、以下同じ)の1998年12月に[2]阪神競馬場でデビューし(8着)[3]、初勝利は翌1999年4月の未勝利戦で、8戦目での勝ち上がりだった[3]。それ以後も月1 - 3回のペースで休むことなく出走を重ね、通算4勝を挙げた。レース間隔は最大でも中6週(4回)で、連闘での出走も3回あり、デビュー以来いちども出走しなかった月は2002年11月と2005年7月のみであった。>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%92%E3%83%AA%E3%83%A5

 ハートランドヒリュは、日本中央競馬会 (JRA) におけるサラブレッド系種の最多出走記録を達成。記録更新は、2005年11月13日でした。

<2004年4月25日に100回目の出走を果たす[4]。2005年10月23日に122回目の出走となり、オートダービーが保持していたJRAの(サラブレッド系)最多出走回数の記録に並び[5]、2005年11月13日に京都競馬場で行われたドンカスターカップ(1000万円以下)への出走により、記録を43年ぶりに更新した[3]。>

 さらに、サラブレッド系・アラブ系を通じたJRAの平地競走最多出走記録の直前まで行ったのですけど、急性心不全で亡くなっています。

<10歳を迎えた2006年も現役を続け、出走回数は127回に上った[1][2][6]。当初より本馬を管理してきた清水久雄が2月いっぱいで調教師を勇退した[7]ため、3月1日付けで河内洋厩舎に移籍[6]。当時のJRAのアラブ系種最多出走記録はトキノヒカリの128回であり[1][2][6][注 1]、順調にいけばサラブレッド系・アラブ系を通じたJRAの平地競走最多出走記録[注 2]を更新する見込みであったが、3月22日の調教中に急性心不全のため死亡[1][2][6]。3月12日に中京競馬場で行われた遠州灘特別が最後の競走となった[2][6]。>

 ハートランドヒリュがすごいのは、高齢になっても馬券に絡む走りを見せて、普通に現役であってもおかしくない成績であったこと。忘れたころに突然激走するので、私も馬券で狙っていた馬です。私が買うときは全然来なかったんですけど…。

<2003年3月の名鉄杯(中京競馬場)を最後に勝利から遠ざかった[3]ものの、121戦目となった2005年9月のHTB賞(札幌競馬場)では追い込んで[8]単勝11番人気ながら3着となる[8][3]など、展開や馬場状態が向けばまだまだ走れるところを見せていた。2005年以降に出走した17戦はすべてハンデ戦で、負担重量もすべてで50キログラムであった。>

2026年5月20日水曜日

馬券売上の割合、ネット投票・競馬場・ウインズ 「電話で口頭」「コンビニ端末」での販売も

■2020/06/30 馬券売上の割合、ネット投票・競馬場・ウインズはそれぞれ何%?
■2020/06/30 過去には「電話で口頭」「コンビニ端末」での販売も


■2020/06/30 馬券売上の割合、ネット投票・競馬場・ウインズはそれぞれ何%?

 新型コロナウイルスによる無観客開催やウインズの閉鎖もあり、前々から調べておこうと思っていたJRAの販売における、ネット投票の割合。検索してみると、タイトルですぐにそれがわかる今や馬券売上の約70%、ネット投票の利点は反省できること|NEWSポストセブン(2019.10.06 07:00)という記事がありました。
 現在ではおよそ420万人が電話・インターネット投票会員となっており、その売上は全体の70%近く。残り3割の内訳は、開催競馬場での売上が5%、ウインズが26%。これを見ると、競馬場での収益なんかは本当微々たるものですね。
 一応、これ以外に入場料や店舗販売収入がありますし、競馬ファンの育成という目に見えづらい効果もあるでしょうけど。

 なお、タイトルになっていた「ネット投票の利点は反省できること」というのは、<Club JRA-Netに登録すれば(無料)、最近の投票内容はもちろん、過去2年の的中数や的中率、さらに回収率といった投票成績を開催ごと、競馬場別で見られる>という話。
 ただ、活用しているユーザーは少ないんじゃないかと。私はもともとネット投票を始める前からエクセルで収支をつけていましたけど、 管理していない人の方が多いと予想します。


■2020/06/30 過去には「電話で口頭」「コンビニ端末」での販売も

 記事では、それより過去の投票法の話がおもしろかったですね。

<電話投票の加入者公募が始まったのは昭和51(1976)年。コード入力による投票もあったが、プッシュホン自体の普及率が低く、多くはオペレーターに買い目を口頭で伝えるものだった>
<平成3年には、パソコンや専用端末から電話回線経由で投票するPAT方式がスタート>
<一時は専用端末やゲーム機、あるいはコンビニエンスストアに設置された共同端末などを利用する方式も登場した>
<携帯電話にも対応するようになり、平成20(2008)年、ついに電話・ネットによる売上が過半数を超える>


2026年5月19日火曜日

2020年世代で泉谷楓真騎手がダントツに良い理由とは?

■2020/05/07 2020年世代で泉谷楓真騎手がダントツに良い理由とは?

■2020/05/07 2020年世代で泉谷楓真騎手がダントツに良い理由とは?

 2020年の新人騎手では、 泉谷楓真騎手が立て続けに良いと思う騎乗がありました。私の評価と世間の評価が合うのは、比較的少ないのですけど、掲示板を見ても、めちゃくちゃ高評価です。
 これは泉谷騎手は買いではないか?と連続で買ってみたところ、私が買ったレースはことごとくむしろダメな騎乗。私的メモの点数評価も下位の方になってしまいました。この先物買いスタイルで、武藤雅騎手や岩崎翼騎手ではプラスになったんですけどね。泉谷騎手は今のところ一度も当たらないというひどいことに。今年の私の馬券は泣きそうになるほど悪いです。

 さて、このシーズンの新人騎手について検索。なかなか記事が見つかりませんでしたが、泉谷騎手に絞ってやっと発見。JRA武豊&ルメール「弟分」大物ルーキーが1日2勝! 「いい馬に乗せて頂いているおかげです」新人王最有力・泉谷楓真が大成できる2つの理由という記事が出ました。
 これはデビューしてすぐの記事で、「今月デビューしたばかりのルーキーとは思えない騎乗ぶり」と褒めている一方で、例によってエージェントのおかげであることも指摘していました。
「実は泉谷騎手のエージェント(騎乗仲介者)は、武豊騎手と同じ豊沢(信夫)氏なんですよ。豊沢氏といえば、武豊騎手の他にも、3年連続リーディングの(クリストフ)ルメール騎手や、浜中(俊)騎手のエージェントも務める凄腕。ちょうど若手騎手枠が空いていて、そこに泉谷騎手が入ったようです」(競馬記者)
 最近は大体こういうパターンですね。記事でも、近年、騎手の成功は「エージェントで決まる」と言われていると認めていました。


2026年5月18日月曜日

ダートは重馬場で逆に早く?同日芝G1より早いタイムでレコード

■2020/04/30 ダートは重馬場で逆に早く?同日芝G1より早いタイムでレコード
■2024/07/04 ダートで重馬場になるとタイムが早くなる…断言していいの?


■2020/04/30 ダートは重馬場で逆に早く?同日芝G1より早いタイムでレコード

 もともとは2014年に書いていた話。2014年6月の安田記念を見ていて、「あれ?ミッキーアイル、何でこんなペースでバテててるの?」と思いました。最初の3ハロンが35.1、4ハロンが47.1です。全然早くありません。
 後で調べたものですけど、過去5年間の安田記念のタイムと最初と最後の3ハロンは33.9から33.9。35.1はあり得ないほど遅いとわかります。
 でも、その答えは簡単。過去5年間は良馬場、今回は不良馬場だったというだけです。

 私はいつも順番通りに見ないので、この後東京7Rのダートレースを見ました。すると、こちらは何か異常に早いんです。あれ?と思ってわざわざ画面を止めて確かめましたが、ダートの1600mで間違いありません。
 このレースでは、最初の3ハロンが33.9、4ハロンが45.4。しかも、そのままペースが落ちずに6ハロン目まで連続11秒台。(最初の1ハロンも12.0、その次は10.6。この後11秒台で連続です)
12.0    10.6    11.3    11.5    11.8    11.9    12.8    13.4
 芝は道悪になると間違いなくタイムが落ちますが、ダートの場合うまい具合に走りやすくなることがあり、一概には言えません。それにしたって無いだろう、このペースは…と思ってみていたら、離して走っていた2頭のうちの1頭が3着に粘ります。このペースでいいのか…。
 さすがに最後の2ハロンは12.8,13.4とかかりましたが、1:35.3。安田記念は芝1600でしかもG1ですから最高のメンバーです。それが1:36.8の決着でしたから、ダートの1600mの方が早いということです。しかも、これ、牝馬限定の500万下という低いクラスのーレスですからね。

 こりゃ話題になっているだろうと「東京 ダート」検索すると、12Rがレコードとのこと。えっ、7Rではなく12レース?と思って確認。以下のようなタイムでした。
12R    三浦特別  [サラ3歳上1000万下 混]  ダ1600m / 天気:小雨 / 馬場:不良
1着 トロワボヌール 1:34.1
2着 ジャッカスバーク 1:34.2
3着 ワイルドドラゴン 1:34.5
 こっちもダート1600。そして、1000万下なら当然500万下より早いですよね。本当にレコードかどうかも確認。過去の記録は以下でしたので、マジでレコード。しかも、0.3秒も縮めた上に、2着馬もレコード相当のタイム。相当特殊な馬場条件だったみたいですね。
1,600(ダート・左)     1:34.4     バーディバーディ    牡5          58  平成24. 6. 9(雨・重)(JRAホームページ|データファイル|中央競馬レコードタイム表より)

 ダート1600のレコードは上記の通り、前回も重馬場でした。これを含めて「サラブレッド系3歳以上」のレコード5つを見ると、不良2、重2、良1。やはり道悪の方がタイムが出やすいようです。
 バーディバーディ以外の記録保持馬は、マイティスプリング、フェラーリピサ、ヴァーミリアン、グルーヴィンハイの4頭。レコードって結構有名じゃない馬が取ることが珍しくないですけど、今回も1000万下で出てしまいました。
 どうせでしたらトロワボヌール(4歳牝馬)はこのまま出世していただいて、レコード保持馬にふさわしい馬になってほしいです。

2020/04/30追記:そう書いていたトロワボヌールですが、その後G1馬にこそならなかったものの、重賞を3つ勝つほど出世しました。レコードだから強いとは限らないと言われるものの、結構走りますね。


■2024/07/04 ダートで重馬場になるとタイムが早くなる…断言していいの?

 私は「ダートで重馬場になると逆にタイムが早くなることがある」くらいの理解でしたが、検索してみると、「ダートで重馬場になるとタイムが早くなることが知られている」といった感じで確定事項のように書いているサイトが結構ありました。
 ただ、信頼性に問題がありそうなところが多かったので、いろいろと検索。すると、JRA系のサイトでも似たような記述があったので、そちらを紹介します。他のサイトよりは控えめな書き方で、「ダートで重馬場になるとタイムが早くなる傾向がある」といった感じでした。

・重馬場・不良馬場とは?雨の日の競馬の勝ち方!|JRA-VAN(森永淳洋ライター)
<「道悪」とも表現される重馬場、不良馬場になると、芝・ダートともに良馬場と比べて大きな違いが生まれます。 まず、芝では水分を多く含むことで芝を植えている地面(路盤)は柔らかくなり、クッション性も低くなっていきます。また、芝が濡れることで滑りやすくなり、競走馬にとっては走りづらく、より地面を蹴るパワーが必要になってきます。そのため、良馬場と比較して走破タイムが遅くなる傾向にあります。
 一方、ダートでは芝とは逆の現象が起きます。砂は水分を含むことで引き締まって硬くなり、砂の中に脚元が沈みにくくなることで、競走馬にとって走りやすい馬場となります。そのため、走破タイムは良馬場と比べて速くなる傾向にあります。>
<重馬場、不良馬場になると「芝=パワー重視でタイムは遅くなる」「ダート=スピード重視でタイムは速くなる」と覚えておくといいでしょう。 そして、重・不良馬場となることで、良馬場で強い競馬をしていた馬が能力を全く発揮できずに大敗するパターンも少なくありません。それはなぜか? 競走馬には芝・ダートの適性、あるいは距離の適性があるように、良馬場と道悪馬場に対しての適性があるからです。>
https://jra-van.jp/fun/baken/index23.html

2026年5月17日日曜日

競馬で4頭もゲート開かず…発走やり直しの方法が予想外

■2025/05/17 競馬で4頭もゲート開かず…発走やり直しの方法が予想外


■2025/05/17 競馬で4頭もゲート開かず…発走やり直しの方法が予想外

 ORICON NEWSで、<【海外競馬】…フランス・ルマン競馬場で珍事>(2025-03-23 21:50)という記事が出ていました。2025年3月21日、フランス・ルマン競馬場で行われた第4レースで、4頭のゲートが開かない珍事が起こったとのこと。スタートが切られたものの、内4頭のゲートはピクリとも動きませんでした。
https://www.oricon.co.jp/article/2878970/

 1頭分ではなく、4頭分もゲートが開かないって多いな…と思いました。4頭分セットのゲートだったのかもしれません。そう考えると、複数のゲートが開かない方が普通ですかね。そうなってくると、過去のケースではどういうのがあるのかも気になるところです。

 外8頭は飛び出したがすぐに止められます。消耗が激しければレース中止でしょうが、リスタートとなりました。ただ、この発走やり直しが私にとっては想定外。再発走はなんとゲートなしのヨーイドンのスタイルでスタートしたといいます。公正競走からすると、問題がありそう。日本では考えられないと思います。

 フランス競馬のおおらかさを感じましたが、元々は6番ゲートで一度走ったプリンセスローラが抜け出して、無事にレースは無事成立。Xでは視聴者から「新しいタイプのハンデキャップですか?」、「優勝候補を阻止する斬新な方法だね」などと、冷ややかなコメントが寄せられていたそうです。


2026年5月16日土曜日

ノーザンファーム系で勝てない武豊が逆にすごい理由

■2020/04/22 ノーザンファーム系で勝てない武豊が逆にすごい理由とは?
■2020/04/22 ルメール→来日外国人→川田将雅→武豊などその他大勢の順番
■2022/02/14 良い騎乗が多いというよりは、すごい騎乗があるイメージ
■2023/04/01 突然先頭に!武豊騎手がキタサンブラックで見せた神騎乗


■2020/04/22 系で勝てない武豊が逆にすごい理由とは?

 古いんですけど、






 なお、その後の別記事によると、ノーザンファーム系クラブの騎手配分は、以下のような割り振り。武豊騎手はルメール騎手と同じエージェントでかなり良い馬が来るものの、ノーザンファーム系の最高クラスの馬には乗れないようになっているみたいです。


<ノーザンファーム系クラブは「ルメール・ファースト」という言葉が生まれるほど、ルメール騎手を中心に起用しており、その次が短期免許で来日する世界のトップジョッキー、そして日本人で最も優遇されているのがリーディング2位の川田将雅騎手だ。武豊騎手は残念ながら、その次のグループに該当する>
(JRA武豊「完全復活」は第二のルメール化!? 4年ぶり100勝超えも、重賞勝ち減少……浮かび上がる「2020年の課題」より)


  最近騎手の成功は「エージェント次第」とも言われており、武豊騎手の不調もエージェント問題によるところがあります。そして、2019年の武豊騎手の100勝達成の復活もまた、前述のルメール騎手と同じエージェントに変わったせい…とされており、エージェント次第的なところがある今の競馬に不満がある人も多いかもしれません