2026年9月27日日曜日
馬っ気とフケと発情は違うし、競走能力とも無関係だった?
■2022/09/23 馬っ気とフケと発情は違うし、競走能力とも無関係だった?
■2019/04/01 妹萌えの馬がいた!天皇賞馬マイネルキッツ、妹マイネカンナが大好き
Enjoy Ruffian 2009年7月号の厩舎訪問で出ていた国枝栄厩舎の福田好訓(ふくだよしのり)調教厩務員は、当時マイネルキッツについてある心配をしていました。
キッツの次の出走予定は、宝塚記念。しかし、「次の栗東滞在は、キッツとカンナで行くと聞いているんですけれど、キッツはカンナのことが大好きなんですよ。ただでさえ馬っけが強いというのに......」という心配です。
このカンナというのは、マイネカンナのこと。マイネルキッツと同じタカラカンナの子、つまり兄妹なのです。馬って近親でも関係なく発情するんでしょうね。
ちなみに同じ号の「血統マニアック」(藤井正弘)では、妹のマイネカンナの方が先に重賞を勝ったという話を書いていました。
兄弟で逆になったのは、当時5回目でしたが、ともに古馬で初重賞だったのは、このマイネルキッツとマイネカンナが初めてのケースだったといいます。マイネカンナは4歳4月で初重賞であり、アグネスタキオン産駒としては当時2番めの高齢重賞勝ち星でもありました。どうも晩成型の血統だったようです。
■2022/09/23 馬っ気とフケと発情は違うし、競走能力とも無関係だった?
マイネルキッツが種牡馬入りしていればその話をしようかと思ったのですが、種牡馬入りしませんでした。じゃあ、「馬っ気」(うまっけ)って話で膨らませようかな?と検索してみると、<実は「フケ」≠「発情」 パドックで外野が兆候を読み取るのは至難【獣医師記者コラム・競馬は科学だ】>(2022年5月20日 06時00分 中日スポーツ)という記事が出てきてびっくり。私も勘違いしていました。
この話に行く前に、先に「馬っ気」(うまっけ)の説明を先に。<馬っ気(競馬用語辞典) JRA>では、「牡馬の発情」という説明です。牡馬の場合は、馬っ気と発情はいっしょということになります。
また、競馬で馬っ気が重視されるのは、発情によって競走能力が落ちると考えられているため…というのも重要です。ただし、今回は「馬っ気」メインの話ではないため、この真偽については、今回話がありません。
https://www.jra.go.jp/kouza/yougo/w129.html
で、私は牝馬の発情がフケだと思っていたんですが、違うんでしょうね。中日スポーツの獣医師記者・若原隆宏さんの説明を読んでみしょう。
若原隆宏さんはまず「オークスはG1の中でも波乱傾向の強い競走」と指摘。実際、直近10年で3連単10万超の決着が3度あるそうです。
理由のひとつは、「距離設定」なのですが、ここはそれ以上説明されていません。これはおそらくほとんどの馬が走っていない芝2400mを若い牝馬が走るために未知数…ということではないかと思われます。
一方、今回の話のメインは、距離設定と一緒によく言われるという、「5月はほぼすべての牝馬が発情しうる季節にあたる」ことの方。以下のような話がありました。
<人で28日の「月経周期」にあたる用語を動物では「性周期」と呼ぶ。馬は21日。季節性繁殖動物で、おおむね春だけこの周期が回る。北半球では早くて1月に始まり、遅いと8月まで続く。排卵前後の数日は発情に伴って競走能力が減衰すると信じられてきた。厩舎人は、馬のしぐさなどからこれを読み取ったとして「フケが来た」と表現する>
https://www.chunichi.co.jp/article/473356
やはりフケと発情は同じという理解。なので、私の理解は間違っていなかった感じ。競馬用語辞典を見ても発情とフケは同義とされていました。
しかし、<近年、繁殖学的な意味の「発情」(=排卵前後)と、厩舎人の言う「フケ」が、必ずしも一致しないことが分かってきた>というのが、今回の話です。
<JRAは研究の一環として2011~13年の3~8月に栗東在厩の現役牝馬の一部を対象に採血。性周期の指標となる雌性ホルモン濃度を調べている。
ほとんどの馬は正常な性周期を刻んでいた。従来、現役馬は高ストレス下にあるために、慢性的な“生理不順”の状態にあるとの説もあったが、そもそもストレスの影響が小さいのか、栗東の環境が快適なのか、性周期は正常だった。
同時に、担当者に当該馬が「フケであるか」を問診。突き合わせてみるとこれがてんでバラバラ。統計的にも無関係なことが示された>
従来フケとされてきた兆候が、実は性周期や発情とは無関係だったわけです。ただし、従来フケとされてきた兆候を読み取ること自体は、依然として重要である可能性を若原隆宏さんは指摘。要するにこれは担当者が「今は走らなそうだ」と察知することであるため、発情と無関係でも競走能力への影響ははかることができる可能性があるためです。
ただし、パドックで、やれ「腰が浮いている」「担当者に擦り寄って歩いている」と“フケの兆候”を読み取ろうとするのは無理があるだろうとも指摘。タイトルの後半になっていた「パドックで外野が兆候を読み取るのは至難」はそういう意味のようでした。
2026年9月4日金曜日
デッドヒートは本来、競馬用語で誤訳 正しい意味は全然違った!
■2024/09/05 接戦で裁決の人「デッドヒート」←「それは分かってるねん」
■2014/9/7 デッドヒートは本来、競馬用語で誤訳 正しい意味は全然違った!
19世紀のアメリカの名馬レキシントンのWikipediaを読んでいると、「ヒート」という言葉が何度も出てきます。例えば、以下は5歳時(1855年)の記述。「レキシントンは1回目のヒートを圧勝し、2回目のヒートは~」などと、何度も「ヒート」という言葉が出てきます。
<4月2日、レキシントンはニューオーリンズのメテリー競馬場において、100ポンド(=約46.7kg)の斤量を背負って4マイルを走り、ジョッキークラブパースの1回目のヒートでルコントが記録した7分26秒0の世界レコード更新に挑むという内容のレースに出走した。このレースでレキシントンは落鉄しながら7分19秒3/4の走破タイムを記録し、ルコントのレコードを6秒1/4更新することに成功した。このあと、レキシントンとルコントの3度目の対決が実現した。レキシントンは1回目のヒートを圧勝し、2回目のヒートは前日に疝痛を起こし体調面に不安を抱えていたルコントが棄権したため単走で勝利した>
では、このヒートとはどういう意味なのか?という話。Wikipediaによると、"ヒートレース(Heat Race)とは競馬において、同一の組み合わせの競走馬によって複数回の競走を行うことによって優勝馬を決定する方式の競走である"としています。
ただ、"現在は、東南アジアの一部の国でこの形態の競馬が行われている"程度。"18世紀以前の競馬ではこの形態の競走が主流だったが徐々に廃れていき、19世紀にジョッキークラブが禁止措置をとるとほとんど行われなくなった"ようです。
ヒートについて説明されたこのWikipediaでは、以下さらに詳しく説明しています。ここでうちでのタイトルにした「デッドヒート」も登場。現在日本で使われている「接戦」的な意味の「デッドヒート」とは全然違うことがわかります。
<1回のレースを1ヒートと呼び、ある馬が2回ないし3回優勝するまで続けてヒートが行われた。なお着差が僅差であった場合には同着とされ、当該ヒートは無効とされた。これをデッドヒート(Dead heat)という。デッドヒートは同着、無効試合の意でほかの形態の競馬やそのほかの競技でも使われ、のちに日本では死闘、接戦と訳された。しかし、本来は同着によって1ヒートが無駄になった、という意であるため、死闘や接戦とするのはいずれも誤訳である。
日本ではこの誤訳が定着し、いまでも接戦を評して「激しいデッドヒート」などと表現するが、原義に照らすと、これは「激しく無意味な争いをしている」というような意味になる>
Wikipediaのデッドヒート (Dead Heat)の項目でも同様に下記のように書いてあります。デッドヒートという言葉がそもそも競馬から由来だったということで驚きですし、非常に意外性のある話でした。
<「同着」「同点」「無意味な争い」「互角の競走(競争)」「どうでもいいこと」などを意味する英単語。本来は競馬で「同着」を意味する用語であったが、日本語ではゴール間際や優勝決定直前の猛烈な接戦を表す表現として、スポーツ全般について用いられる>
■2024/09/05 接戦で裁決の人「デッドヒート」←「それは分かってるねん」
<【ジャパンC出走へ】「何をさせても規格外」一生思い出に残る“パンサラッサ”という馬──池田元厩務員×チャンピオンヒルズ・小泉厩舎長対談/後編 | 競馬コラム - netkeiba>を読んでいたら、「デッドヒート」の話が出てきました。日本語で全く違う意味が定着してしまっているために、勘違いしてしまったようです。
言葉は変化するものであり、私は「正しい日本語」的な指摘はどうかと思うのですけど、こういう風に誤解を招くような誤訳はさすがにまずい感じがします。
池田元厩務員
<(引用者注:パンサラッサが優勝した)ドバイターフの時はロードノースの方が勢いがよくて負けたと思ったんよね。帰る準備をしていたら、矢作先生から「やっちゃん、ちょっと待ってて。同着もあるかも」って。>
小泉厩舎長
<長かったですよね。>
池田元厩務員
<そしたら裁決の人が「デッドヒート」って言うから「それは分かってるねん」と。でも、矢作先生と通訳の安藤裕くんが「よっしゃ、デッドヒート!」って抱き合って喜んでいて、「なんで?」と。英語では同着って意味なんやね。>
2026年9月2日水曜日
人間の倍くらいの高さ 巨大馬ペルシュロンがかっこいい
■2017/12/20 実は見たことあるかも!日本にも結構いるペルシュロン
■2017/12/20 人間の倍くらいの高さ 巨大馬ペルシュロンがかっこいい
「人間の倍」ってのは大げさに言いましたが、巨大馬ペルシュロンがかっこいいです。
ウィキペディアによると、ペルシュロンの原産地はフランス・ノルマンディーで、成立は8世紀に遡りフランス原産の重種にアラブ種などの血が入っているとされています。毛色は青毛、芦毛などが多く、体型はサラブレッドに比べ足が短く、胴が太いです。日本で、馬(サラやクォーターホース)を初めて近くで見て「大きいですね!」って仰る方多いんですけど、「大きいほうじゃないですよ」ってお答えしてもあまり信じてもらえないので、ペルシュロンの画像を置いておきます😃 pic.twitter.com/CvLYSW7Ftn— 清水みちる (@Naommin) 2017年10月1日
体高(肩までの高さ)は160-170センチメートルで大きなものでは2メートルを超える。人と同じくらいじゃん!と思うかもしれませんが、「肩までの高さ」でこれですからね。写真を見てわかるように、頭の高さは人間よりずっと上となります。
体重は1トンにもなりサラブレッドの倍ほど。記録が残る最大の馬はドクトゥール・ル・ジェア (Dr Le Gear) という牡馬で体高7フィート(211センチメートル)、体重1,370キログラムにもなったそうです。
2022年2月11日に前半部にももうちょっと画像つきツイートを追加しました。
子ども動物園で飼育していたウマ(ペルシュロン)の「八重誉」が2020年4月17日に死亡しました。高齢(25歳)による老衰でした。
— 千葉市動物公園【公式】 (@ChibaZoo) April 17, 2020
2001年の来園から皆様に可愛がっていただき、ありがとうございました。#chibazoo #ペルシュロン #ウマ pic.twitter.com/R2RI6yat3P
ペルシュロン。😯☀️☀️ pic.twitter.com/uKCoBhQWXs
— Moriarty (@Moriart53913418) September 16, 2021
またやっちまった。。。#ハウルの破壊日記#ホースランド#ペルシュロン#馬車 pic.twitter.com/N8dfsn6hYS
— ハウステンボスホースランド (@W8VjXuVGgHk8Cgd) December 13, 2021
■2017/12/20 実は見たことあるかも!日本にも結構いるペルシュロン
これだけ大きいと怖い気がしますけど、性格はおとなしく鈍重だが、非常に力が強いとのこと。気は優しくて力持ちなわけです。その強い力を生かし、馬車馬、挽馬、ショーなどに使われています。かつては軍馬として、全身甲冑を着こんだ重装騎兵の乗馬や、大砲の牽引などに用いられたともあります。イメージに合いますね。
実は、日本でも使われた馬で、おもに北海道で導入されたとのこと。ばんえい競馬にも使われ、初めて1億円を超える賞金を獲得したキンタローもペルシュロンの影響を強く受けているとのこと。そうなんだ!
以下は札幌のお馬さん。札幌の馬車は見たことがありますし、実は私も見たことあったのかも。競馬好きな友達といっしょのときにたまたま見かけて、いいね~としばらく見ていました。
ペルシュロン種について…ペルシュロンはフランス・ノルマンディー原産の大きな馬でアラブ種も混ざっているそうです。大人しい性格ですが力が強いので、昔は甲冑を着て大砲等を運ぶ軍馬として用いられたそうです(Wikiより)。#ぎんた君 #銀太君 #札幌観光幌馬車 #ペルシュロン #名馬 pic.twitter.com/I4r9okpf63— まんぼう@はぜおこぜ (@manbou_hazeokoz) 2017年10月27日
ペルシュロンは北斗の拳など、漫画で出てきた馬の実写版みたいって感想もよく出る馬です。ペルシュロン種の「ペルシュロン」…種名の由来は、やはりノルマンディー地域圏の中にある「ペルシュ地方」から取られたとの事。細かく調べたら出て来ました。流石渡部さんの仰る通りでした(≧▽≦)— まんぼう@はぜおこぜ (@manbou_hazeokoz) 2017年10月28日
本日28日10時出発前の銀太君。#銀太君 #ぎんた君 #札幌観光幌馬車 #ペルシュロン pic.twitter.com/I6uqd9OBKc
稀勢の里「北斗の拳」化粧まわし あえてラオウ選択 https://t.co/jMp5DQyCz9— さっど【SAD】3日目東K-48b (@SAD_LW) 2017年4月28日
土俵までは是非真っ黒なペルシュロン馬で来て欲しい。 pic.twitter.com/Sn7MMe61i8
世の中には、まだまだあまり知られていない不思議な生物がいるものですね。
2026年8月16日日曜日
競馬の予後不良は安楽死とイコールではなく死なせない場合も
■2023/05/19 競馬の予後不良は安楽死とイコールではなく死なせない場合も
JRAに聞いたら競馬の予後不良は安楽死とイコールではなく死なせない場合もある…といったツイートを見てびっくり。気になって検索してみると、他でも「予後不良であっても安楽死処置がとられないこともあります」といった記述が見られます。
できればオフィシャルなものなど、ここらへんもっと信頼性の高い記述があれば今後紹介しますが、とりあえず、私は競馬の予後不良=安楽死といった理解でした。ウィキペディアでも大体そんな記述になっています。
<競馬における予後不良(よごふりょう)とは、主に競走馬が競走中や調教中などに何らかの原因で主に脚部等に故障を発生させた際など回復が極めて困難で、薬物を用いた安楽死の処置が適当であると獣医師が診断した状態を言う。
転じて、競走馬への安楽死処置そのものに対する婉曲的表現として用いられる場合も多い>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%88%E5%BE%8C%E4%B8%8D%E8%89%AF_(%E7%AB%B6%E9%A6%AC)
安楽死措置がとられることが多いのは、治療が複数の意味で難しいためとの説明。莫大な費用が必要というのもありますが、そもそも生存率が低いのです。
<競走馬の多くを占めるサラブレッドの脚部は骨折、ヒビなどの故障が発生しやすく、「ガラスの脚」と形容されるほどである。品種によって馬の体重は異なるが、軽種馬であるサラブレッドの場合でも 400 - 600キログラム程度となり、静止して立っている状態でも足1本あたり100キログラム以上の負荷が掛かることになる。
下肢部に骨折やヒビなどの故障が発生した馬は、その自重を他の健全肢で支えなければならないため、過大な負荷から健全肢にも負重性蹄葉炎(ていよう えん)や蹄叉腐爛(ていしゃふらん、ていさ ふらん)といった病気を発症する。そのため、病状が悪化すると自力で立つことが不可能となり、最終的には死へ到る。
治療法としては、下肢部の負荷を和らげるため、胴体をベルトで吊り上げたり、水中による浮力を利用するためプール等を用いる方法がある。しかし、必要な治療費や治療期間中の飼育費など金銭面での負担が莫大になり、また、上述した負重性蹄葉炎などの問題から生存率が高くないなどリスクも大きい。このため大多数の競走馬は予後不良と診断された直後に安楽死の処置が取られ処分される>
生存率が低いため、治療を行うと苦しむばかりで余計辛い…ということも。テンポイントが代表例ですね。
一方、重度の故障から回復した馬もおり、ウィキペディアでは、ビンゴガルー、ヤマニングローバル、サクラローレル、ミルリーフ、ヌレイエフなどの例を上げていました。
あと、予後不良=安楽死だと思っていましたが、純粋に字を見ると「予後」が「不良」であり、本来は全然死ぬという意味ではありませんね。「予後」は人間でよく使われる言葉で、実際、人間での「予後不良」は100%死ぬって意味では使われていませんでした。
<人間の予後不良(よごふりょう)とは、治療後の経過あるいはその見通し(予後)が良くないこと。>
<似た意味の「余命」とは、患者が後どの程度生きられるか医師が予測した期間。
余命は不確かなことが多いですが、医療のことや今後の過ごし方など万が一の場合に備えていま家族が考えるべきことがあります>
(余命とはより)
https://world003.com/saimu/funeral/yomei-toha.html
2026年7月21日火曜日
フェルトダートとは何?チャンピオンヒルズが導入
■2024/09/05 日本初の海外芝ダートGI馬パンサラッサもチャンピオンヒルズ?
■2021/09/04 フェルトダートとは何?チャンピオンヒルズが導入
ウインレーシングの馬のレポートを読んでいたら、フェルトダートなるコースの話が出てきました。「フェルト」と「ダート」という字面からなんとなく意味がわかるものの、初耳です。
「フェルト」は「フェルトペン」で有名なフェルトでしょうが、雰囲気で使ってきた言葉なので、私は意味を説明できません。そこで、この「フェルト」を辞書で引いてみると、羊毛などの獣毛に蒸気・熱・圧力を加えて布状にしたものといった説明でした。帽子・履き物・敷物などに使用されるそうです。
ちなみにフェルトペンというのは、このフェルトを芯に使った筆記用具という説明。私はフェルトに書けるように工夫されたペンだと勘違いしていました。
さて、肝心のフェルトダートの話。フェルトダートは、フェルトだけでできた馬場…といったことではなく、ダートにフェルトを混ぜたものだそうです。クッション性が高いのが特徴。実際にそのフェルトダートの上を歩くと、ふかふかで驚くとのこと。気持ちがいいと感じるそうです。
こうした説明でわかるように、脚への負担は少なくケガを防げるというところが大きな長所。ただ、メリットはそれだけではありません。柔らかい分、15-15でも十分な負荷をかけられるとされていました。走りやすいように感じるものの、柔らかすぎる分、普通よりも走るのにエネルギーを消耗するのでしょう。踏ん張りを効かせないと、きちんと走っていけない感じをイメージしました。
以上のようなフェルトダートの説明があったのは、<充実設備の新外厩「チャンピオンヒルズ」が今後の勢力図を塗りかえるか>(2020年11月24日(火) 16時44分)という記事でした。チャンピオンヒルズは、滋賀県大津市伊香立下在地町に2020年10月に開場した競走馬(サラブレッド)のトレーニングセンター(外厩)。ノーザンファームしがらき、グリーンウッド・トレーニング、吉澤ステーブルWEST、宇治田原優駿ステーブルなどを凌ぎ、関西では最大規模の外厩だといいます。
チャンピオンヒルズ最大の売りは、日本で類を見ないスタートからゴールまでが一直線の坂路コース。1000メートル、最大傾斜3・5%、高低差約40メートルだそうです。そして、この坂路コースは、フェルトダートとウッドチップの2コースがあるといいます。
山住勲オーナーによると、「フェルトダートは馬術でよく使われていますが、日本の競走馬育成施設では初めて」。「グリップ力が高まりますし、硬さの調整もしやすいんです」とその魅力を語っていました。さらに水はけの良さも強みのひとつだとされていました。フェルトダートそのものも、チャンピオンヒルズの売りになっている感じです。
https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=179971
なお、チャンピオンヒルズの場長はグリーンウッドトレーニングでマネージャー、吉澤ステーブル内のUPHILL(アップヒル)代表取締役を歴任した幣旗(へいはた)政則さん。そして、運営母体は北海道新ひだか町で生産、千歳市で中期育成を行っている株式会社チャンピオンズファームです。
「チャンピオンヒルズ」という名前も、「チャンピオンズファーム」と「アップヒル」を合わせたものだとのこと。また、人材的にもあわせ技。スタッフは、兵庫県南あわじ市でやっていたチャンピオンズファーム淡路とアップヒルから、「ごっそり移動」した形だそうです。
■2024/09/05 日本初の海外芝ダートGI馬パンサラッサもチャンピオンヒルズ?
フェルトダートの話題で何か…と思ったのですけど、2020年のチャンピオンヒルズの話ばかり出ていて、ほとんど情報が増えていません。おもしろい話もないので、チャンピオンヒルズの話題で何か…と切り替え。チャンピオンヒルズの話ならニュースが多いですね。
2022年のドバイターフ、2023年のサウジカップを勝ち、日本調教馬として初めて海外芝ダート両方のGIレース優勝馬となったパンサラッサの繋靭帯炎からの復帰(2023年ジャパンカップで8ヶ月ぶりに実戦復帰もこれが引退レースに)にも関わっていたようです。というか、育成自体がチャンピオンヒルズってことですかね。
・【ジャパンC出走へ】パンサラッサの“オンとオフ”をふたりの証言から検証!──池田元厩務員×チャンピオンヒルズ・小泉厩舎長対談/前編 | 競馬コラム - netkeiba
<今年のサウジカップを勝ったパンサラッサ。レース直後、担当の池田康宏厩務員が嬉しさのあまり泣き崩れるシーンは感動を呼びました。あれから9カ月。池田厩務員は9月末に定年引退し、パンサラッサも繋靭帯炎のため休養に入っていましたが、このたびジャパンCで復帰が決定しました。
池田氏の慰労会も兼ねて、最前線でサポートをするチャンピオンヒルズ小泉裕樹厩舎長との対談を実施。池田氏は自身の手から離れたいま、パンサラッサをどう見ているのか、そして繋靭帯炎からの復帰もサポートした小泉厩舎長はどんな思いで復帰戦を見守るのでしょうか。>
https://news.sp.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=53941&rf=column_view_prev
2026年6月27日土曜日
昔は騎手・調教師の二刀流ができたって本当?伊藤修司の父・伊藤勝吉が活躍
■2020/08/05 昔は騎手・調教師の二刀流ができたって本当?伊藤修司の父・伊藤勝吉が活躍
1892年生まれという大昔の生まれの伊藤勝吉さん。息子にハギノカムイオーやスーパークリークを管理し、騎手でもあった調教師の伊藤修司さんが、娘婿にプロ野球選手・競馬評論家の古川清蔵さんがいます。
明治時代というえらい昔の話になるのですが、 1905年(明治38年)、14歳で見習騎手として青池良佐厩舎に弟子入り。デビューは2年後の1907年で初騎乗初勝利。馬券発売が禁止となったため、ロシア・ウラジオストクで5ヶ月間ほど騎乗するなどしていましたが、帰国後の1911年(明治43年)には、阪神競馬場での3日間の開催で15勝を挙げる活躍をしています。
今から見ると、おもしろいのが、1912年(明治44年)には、20歳にして早くも青池厩舎から独立して厩舎を開業しているということ。20歳で調教師ってのもすごいのですが、これ、騎手も続行しているんですよ! 昔はOKだったんですね。
以後、有力馬主にも引き立てられ、実力馬を自ら騎乗して活躍する他、有力馬に騎乗して、騎手・調教師のそれぞれで活躍を続けます。競走馬の調教にあたっては鳴尾競馬場内の施設のほかに、自宅敷地内に建設した厩舎と馬場(1周約800メートル)を用いていたというのも今の日本では考えられませんね。海外ではあり得る話なんですけど。
しかし、1938年に調騎分離制度が導入されたことにより、1942年に、35年間にわたる騎手を引退し調教師に専念することになりました。
調教師専業になってからも、1949年の優駿競走(現在の東京優駿)をタチカゼで、オークスをオーカンやチトセホープで優勝するなどクラシック6勝。また田中好雄、松田由太郎、清田十一、服部正利や杉村一馬など22人もの弟子を育てたということも、特徴的な点のようです。(Wikipediaより)
2026年6月20日土曜日
【クイズ】最年少勝利記録持つ騎手は誰?江田照男・武豊・横山義行
■2023/04/20 【クイズ】最年少勝利記録持つ騎手は誰?江田照男・武豊・横山義行
【クイズ】JRA競馬学校を卒業した騎手の最年少勝利記録を持っているのは誰?(2023/03/03時点)
(1) 江田照男
(2) 武豊
(3) 横山義行
回答は離して下の方に。その前に関係ない話をやっておきます。
今回のクイズは、小林美駒騎手について検索していて見つけた<関東7年ぶり女性騎手、小林美駒 競馬学校卒業騎手最年少勝利更新へ 菜七子騎手との会話楽しみ>[2023年3月3日10時18分 日刊スポーツ] という記事からです。
「競馬学校卒業騎手最年少勝利更新へ」とあるものの、別に記録更新の可能性が高かったわけじゃないんですよね。単に「もしデビュー週に勝てば」という話でした。紛らわしいです。
実際にはデビュー週に勝てませんでしたし、初勝利はそもそも翌月の4月。全然記録更新はできませんでした。それでも、記録更新の可能性があるということは若くしてデビューできているわけですから、すごいですけどね。以下のような内容の記事でした。
<関東では7年ぶりの女性騎手となる小林美駒(みく)騎手(17=鈴木伸)は、デビューを心待ちにしている。「たくさんの方々に期待をかけていただき不安もありますが、今は楽しみも増えてきました」と笑顔。デビュー週は中山で土曜2鞍、日曜4鞍の計6鞍に騎乗予定。「同期には負けたくないです」と力が入る。今週、先輩の藤田騎手と会話する機会がなかったが「女性にしか分からないこともあると思うので、いろいろと話を聞いていきたいです」と目を輝かせた。
今週勝つと、17歳11カ月14日もしくは15日での勝利。JRA競馬学校を卒業した騎手では、92年横山義行騎手の17歳11カ月18日の記録を更新>
https://www.nikkansports.com/keiba/news/202303030000091.html
で、上記を読んでわかるように、記録保持者は横山義行騎手でした。若いファンには「誰それ?」という騎手でしょうが、私も横山義行騎手が記録保持者?と驚いたんですよ。正直、スター騎手という感じの騎手ではなかった騎手です。
【クイズ】JRA競馬学校を卒業した騎手の最年少勝利記録を持っているのは誰?(2023/04/20時点)
(1) 江田照男
(2) 武豊
(3) 横山義行
【答え】(3) 横山義行
他の選択肢のうち、武豊騎手はいかにも記録を持ってそうな騎手。一方、江田照男騎手は地味な感じの騎手。ただ、これは「最年少記録」というキーワードで検索して出てきたものがベースであり、江田照男騎手も相当に早熟でした。
G1制覇最年少記録はイメージ通り、武豊騎手が持っており、スーパークリークの菊花賞で19歳7ヶ月21日だそうな。江田照男騎手によるプレクラスニーの天皇賞(秋)制覇もこれに近い記録で、19歳8ヶ月19日だったとのこと。地味なイメージの騎手ですが、良い騎手。個人的にも好きな騎手ですね。
2026年5月30日土曜日
実はサラブレッドではない偽物の血統が見つかっている!
■2020/08/11 実はサラブレッドではない偽物の血統が見つかっている!
■2020/08/11 昔の日本ではアングロアラブの偽物が流行していた…
テンプラ (馬) - Wikipediaはサラブレッドではなく、アングロアラブがメインの話。
テンプラというのはおもしろい競馬用語ですが、アラブ血量を偽って登録されたアングロアラブのこと。具体的にはアングロアラブとして登録されたアラブ血量が25%未満のサラブレッド系種のことだそうです。
日本は民度が高いと言われるものの、 実はこの詐欺が昔は多かったと言われています。かつてテンプラの存在はアングロアラブにまつわる公然のタブーだったそうな。
もちろんメリットはあり、一般にサラブレッドのほうがアングロアラブよりも脚が速く、またかつてはアングロアラブ用の限定戦が盛んに催されていたため、サラブレッドの仔をアングロアラブと偽って登録することに成功した場合、その競走馬が多額の賞金を稼ぐ可能性が高いためでした。なので、優れた競走成績を収めたアングロアラブは必ずといってよいほどテンプラではないかと疑われました。
テンプラを登録する手法は複数。サラブレッドの仔をアングロアラブとして申請するというそのまんまな手法だけではなく、外見がよく似たアングロアラブとサラブレッド系種を入れ替えて登録する手法などがあったとされます。DNA型検査法が導入されたのは1980年代以降のことであり、その前においては個体識別が難しく、成功することがあったようです。
そんなの嘘だ!と思うかもしれませんが、論理的に説明可能な例が出ていました。代表例とされるスマノダイドウの場合、栗毛の両親からは通常生まれ得ない鹿毛だったんですよ。こんな例ですら通っちゃうんですから、昔はゆるゆるだったんでしょうね。
スマノダイドウの母は、アングロアラブのミトタカラをつける前に、黒鹿毛のサラブレッドであるカブトシローをつけていました。なので、その前に交配し不受胎だっとされるこのカブトシローが本当の父ではないかと噂されたそうです。
■2020/08/11 実はサラブレッドではない偽物の血統が見つかっている!
以上のように、テンプラ (馬) - Wikipediaはサラブレッドがメインの話ではありませんでした。しかし、間違った血統という話題で、サラブレッドにも間違いが見つかっていることが指摘されています。この場合はメリットがないと考えられるので、純粋に間違いだったと思われます。
<一方で、DNA鑑定技術の向上により、サラブレッドにおいて間違った血統がいくつか発見されている。特に9号族根幹部分やベンドアの例では影響が大きい。また、サラブレッドに共通でない毛色の遺伝子を持つ馬も発見されており、別系統の血統の混入が示唆されている>
ただし、どこで混入したかについての特定は困難であり、そこまではわからないようです。また、今さら過去に遡って訂正することも不可能であり、かつ多大な混乱を招きます。
ただ、これはタブー視されて放置されているわけでもない模様。国際血統書委員会は2002年に、以下のような意見を出していました。
「初期の時代について血統の証明は技術的に不可能であった。現在は新技術により多くの情報の利用が可能となったが、歴史的なデータを効率的に訂正することは難しい。誤った系統が特定されるかもしれないが、全てのケースを訂正することは不可能である」
このページには記載がありませんでしたが、サラブレッド系種に8代連続サラブレッドを掛け合わせたものは審査を経てサラブレッドと認められる場合がありますし、サラブレッドの血の占める割合的に現在は特に問題ないでしょう。これに加えて、歴史的経緯から過去はそのまま…というのも理解できる方針です。
2026年4月26日日曜日
落馬しても競馬は終わりじゃなかった 再騎乗すればレース再開できる
■2015/7/2 ルール変更による珍事?出走馬が全て落馬してそのままレース終了
■2019/10/11 騎手なしでも後方待機から直線猛烈な追込を見せたウインテンダネス
■2025/05/04 最内から位置を上げ、外に出て追い込み…競走中止なのに完全にレースに参加
■2015/7/2 落馬しても競馬は終わりじゃなかった 再騎乗すればレース再開できる
常識なのかもしれませんが、私は「え、知らなかった!」と驚いたのが、<「落馬・再騎乗」ルール消滅に揺れる競馬の祖国(競馬)>(スポニチ Sponichi Annex ギャンブル 合田直弘の海外ターフ事情 [ 2009年10月15日 21:47])という話です。
<競馬には「落馬・再騎乗」というルールがある。一度落馬しても、他人の手を借りずに再び騎乗すれば、レースに復帰できるという決め事だ。実際には、騎手を失った「空馬」の多くはスタコラ逃げて行くから、あまりお目にかかることのない事象だが、01年の中山グランドジャンプで、ニュージーランドから来日して人気になったランドが、2周目のバンケットで滑って落馬した後に、ラム騎手が再騎乗して完走を果たしたことがあるので、ご記憶のファンもいるはずだ>
http://www.sponichi.co.jp/gamble/column/foreign/KFullNormal20091015032.html
記事の「落馬・再騎乗」ルール消滅に揺れている…という話自体はイギリスのもの。まず、「再騎乗不可」とする理由について主催者の英国競馬統轄機構(BHA)は、落馬事故で負傷した可能性がある馬や騎手がレースを続けるのは危険なためと説明しています。
記事では、確かに、発走前に落馬があった場合は馬体検査を行うのが慣例で、これに照らし合わせれば、何のチェックもなくレースを続けるのはおかしいという主張に一理あるという見方を示していました。
一方で、騎手たちは"「何を今さら」と猛反発"しているとのこと。私としては、主催者の主張に説得力を感じますね。今さらだからと言って、改善しない理由にはなりません。
■2015/7/2 ルール変更による珍事?出走馬が全て落馬してそのままレース終了
結局、再騎乗禁止のルールは実現されたんだろうか?と検索すると、以下の動画が出てきました。
-----引用 ここから-----
-ホースニュース俺-(無期休刊) : イギリスの障害レースで出走馬4頭が全て落馬しそのままレース終了
1 名前:ドドドド人φ ★[] 投稿日:2011/03/19(土) 10:00:00.37 ID:???
現地時間17日、英トゥチェスター競馬場で行われた障害レース(2mile 3・1/2f)で出走馬4頭が全て落馬し、競走中止となって1頭もゴールできずに終わるというハプニングがあった。
レー スでは、まず向こう正面入り口で2頭が落馬し、人気の2頭が競り合う展開となった。その後、1番人気馬が3~4馬身抜け出したが、最終障害を飛越する直前に騎手が突然滑ってバランスを崩して落馬。最後の1頭もこの落馬の巻き添えを食らって落馬。今季からルールが変更され、落馬後の再騎乗が認められなくなったため、この落馬で全頭競走中止となり、1頭もゴール出来ずにレース終了となった。
なお、ノーザンプトンC&E紙の競馬担当記者は、「これは本当に歴史的なハプニングだ。誰も傷付いてないように思われる。プライド以外は」とコメントしている。
(文責:ドドドド人 φ★)
主なソース
http://www.northamptonchron.co.uk/news/
http://blog.livedoor.jp/horsenews_orz/archives/2912643.html
-----引用 ここまで-----
ルールの変更おかげでこのような珍事も起きたのかも。でも、仕方ないでしょうね。
■2019/10/11 騎手なしでも後方待機から直線猛烈な追込を見せたウインテンダネス
落馬関係ということでここに追記。2019年10月6日の京都大賞典、ウインテンダネスは発想直後に騎手が落馬のために「競走中止」。ただ、競馬でいう「競走中止」は馬が走るのをやめることを意味するわけではありません。馬はむしろ走り続けることが多いです。
馬の特性を知らない人は、馬がレースを続けているように見えるのを不思議に思うでしょうが、これは馬の習性としてはそれほど不思議ではありません。馬は群れをつくる動物で、仲間といっしょに走りたがるのです。海外の直線競馬では広いコースなのにも関わらず、両ラチ沿いに2つの集団に分かれて固まるケースが見られます(日本の直線競馬は周回する競馬場との併用で馬場の荒れ方に偏りが出るため、荒れた内ラチ側を走る馬はあまり見られません)。
ただし、いっしょに走りたがるとはいえ、途中でコースを外れてしまう、ペースアップで置いて行かれるということもよくあり、最後まで走り切るとなると、やや回数が少なくなります。
ウインテンダネスで特に驚いたのは、後方待機で最後の直線の一番速くなるところでむしろペースアップして、外からではなく中からごぼう抜きして6着相当になってしまったこと。並走していていっしょにペースアップは結構あるものの、後方待機で馬群の中からごぼう抜きはかなり珍しい気がしますね。
netkeiba.comの掲示板では、以下のような感想が出ていました。
[2817] わたくんさん
直線向いた途端まじめに走り出して馬って頭がいいんだね。少なくとも4コーナーを知っているということだから、スタートの位置が今日はここだから1600だなとか距離とかも分かってるんじゃないかと思えてきた。馬は走る距離を知らないと言われてるけど、実は知ってたりしてね。
[2798] シルバさん
リプレイ見たけど、道中は後方で待機しつつ、直線では内から馬群を割りながら綺麗に伸びてたのが素晴らしかった。
この仔は本当に賢いですね。
騎手無しでこういう走りが出来るのは素直に凄いと思いました。
[2807] ミヤザキさん
>>2798
わかる
6着入線にきたのは斤量がなくなったからまあわかるけど馬群割ってきたのはすごい
[2802] あしゅらくんさん
マイナス56kgハンデありとはいえ、足を溜め馬郡をさばいて、素晴らしい競馬でした
[2805] ラスカルさん
真面目に走ってて驚いたw
普段から調教されていることをしっかり守ってる頭の良い馬だ
■2025/05/04 最内から位置を上げ、外に出て追い込み…競走中止なのに完全にレースに参加
POG指命馬のバズアップビートが、2025/05/04のプリンシパルステークスに出走。9番人気だったのでそれほど期待していませんでしたが、人気よりはやれるのでは?と思って、多少は期待していたんですよね。ダービー出走権のあるレースでもありますし、楽しみなレースでした。
ところが、バズアップビートはレース開始直後にバランスを崩して、ジョッキーが落馬競走中止。ゲートでもちょっと落ち着かなかったものの、隣の馬にぶつけられたのが一番大きな理由のような感じ。バズアップビート側に落ち度はないと思われます。
ということで、競馬的には「競走中止」だったものの、バズアップビート自身は完全に競馬に参加していました。まず最初は当然最後方。1頭大きく遅れだしますが、それでも少し離れた後方、追い込みの位置ではじめのうちは走っています。
ただ、向正面で集団に追いつき最内に入って、その最内からスルスルと順位を上げるというジョッキーが乗っているかのような動き。内に入ると、ジョッキーが操作していないカラ馬(空馬)なだけにヒヤヒヤ。これで事故ってれば笑えない話になっていたのですけど、ここらへんは無事に走れました。
さらに驚きだったのが、最後のコーナーで、先行集団がマバラだったところで、最内から外に出して、直線前を追える位置どり(4番手ほど)を自分でとっていたこと。正直いうと、カラ馬が外に膨らむこと自体は普通にありますが、極端に外ではなく、結構良い位置でしたね。ここらへんの外に出るタイミングによっては、接触しかねなかったので、うまく出れて良かったですわ。
ただ、直線は、なかなか伸びてきません。せっかく4番手ほどまで上がっていたのに、逆に抜かれる感じ。この苦しいところでジョッキーの指示がない馬が頑張らないのは当然と言えば当然です。
ところが、最も苦しいであろう、残り200m、100mくらいで再びペースアップ。内外離れてですが、勝ち馬まであと少しというところまで迫る猛烈な差し脚を見せました。まるでジョッキーが乗ってるかのような走りを何度も見せていて、レアなケースだったと思います。
ということで、かなり楽しませてもらったものの、陣営的には、すぐに競走をやめてくれた方がありがたかったでしょうね。ここまでしっかり走ってしまうと、ジョッキーが乗っていなくて重量負担が軽いとは言え、結構消耗しちゃったかもしれません。
2026年4月11日土曜日
「常識にかかってきた」「常識にかかる」という謎の競馬用語
■2023/03/09 普通に走るだけで勝てる実力…「常識にかかってきた」の使用例
■2019/11/03 「常識にかかってきた」「常識にかかる」という謎の競馬用語
応援している馬の1頭ウインインペリアルは、どの騎手が乗っても「能力はあるのに」と言ってくれます。ただ、「能力はあるのに」でわかるように、能力を発揮できていません。とにかく真面目に走ってくれず、ひどいときには鞍上を振り落として走るのをやめてしまう気の悪さです。
このウインインペリアルが2019年10月6日の1勝クラス で、13番人気という低評価だったにも関わらず、5着になりました。不利がありながらの5着であり、やはり能力はあるのだと再確認できるレースでした。
そのレース後の10月10日のウインレーシングクラブでの近況報告では、鮫島調教師が「馬の集中力を考えると2000mが限界かもしれませんが、ようやく常識にかかってきた感じがします」とおっしゃっていました。で、「常識にかかってきた」ってなんじゃ?と思ったのです。
検索してみると、やはり普通は使われない言葉みたいですね。検索で上位に辞書の説明がなかっただけでなく、 「競馬関係の人しか使わない言い回しのような気がする」と書いている方がいました。この方の場合は以下のように捉えているそうです。
<明確な定義は分かりませんが、「馬が競馬を覚えて、ちゃんとレースになる」といった意味合いでよく使われます>
(常識にかかってきた: ノーマネーの一口馬主日記リターンズより)
競馬以外ではそもそも使われないようですが、「常識にかかる」は一般的に言うと「常識的な行動をする」ということで、競走馬にとっての「常識的な行動」というのは「きちんとレースをすること」…といった感じなんでしょうね、たぶん。
「あのサッカー選手は最近常識的なプレーをするようになった」みたいに、そもそもスポーツにおいて「常識的な行動」うんぬんを言われること自体があまりないので、かなり不思議な表現だと感じました。おもしろいですね。
■2023/03/09 普通に走るだけで勝てる実力…「常識にかかってきた」の使用例
「常識にかかってきた」「常識にかかる」が実際に使われているもう少し収集してみることに…。
今回見つけたのは、<【パラダイスS】リフレイムが〝普通〟の競馬でリステッド初勝利 黒岩調教師「ここにきて常識にかかってきた」>(競馬ニュース・特集なら東スポ競馬 2022/06/26)という記事です。
「ちゃんとレースがでてきていなかったが、本来なら力があるので実力を出して結果を出せるようになった」という話で、やはり「常識にかかってきた」は「馬がまともに走って力を出せるようになってきた」といった意味で使われています。コミュニケーションが難しく、全く人の思い通りにならない競馬ならではの業界用語(?)ですね。
<東京11RパラダイスS(3歳上リステッド、芝1400メートル)は2番人気のリフレイム(牝4・黒岩)が早め先頭から押し切ってリステッド初勝利を飾った。勝ち時計1分20秒2(良)。(中略)
鞍上の野中は「ゲートはソロっと出して、この馬のペースで運んだ。馬場状態が合っていたし、軽ハンデ(53キロ)も良かった」と勝因を語れば、黒岩調教師も「いい脚を長く使える長所が生かせましたね。ここにきて常識にかかってきたし、目標としていた賞金加算に成功。このあとは一旦放牧へ。次走はゆっくり考えていきます」と安どの息をついた>
https://tospo-keiba.jp/breaking_news/16158
ちなみにリフレイムはこの3戦後にもオープンのコールドムーンSを勝利。ただ、身体面での異常を発症したことにより引退。牝馬で繁殖という道があるということもあって、無理させなかったのでしょう。
2026年3月9日月曜日
メンコの効果とその代償 運動能力が数%低下してしまう?
■2018/03/26 メンコの効果とその代償 運動能力が数%低下してしまう?
メンコ(競馬用語辞典) JRAでは、 メンコについて、一般に耳おおいがついたものを使い、音音に驚いたり、砂をかぶるのを嫌がる馬に使うと説明しています。
音に驚く馬に使うというのは、耳におおいがつくことで音が聞こえづらくなり、走ることに集中してもらうことを狙ったものでしょう。
ただ、逆に音が聞こえないことを不安になる馬もいると思われます。厩舎のコメントを見ていると、つける・つけないはかなり悩んでいる感じです。
一方、砂をかぶるのを 防ぐというのは、主に目に入らないようにと防いでいるようでした。だとすれば、こちらは耳の覆いは必須ではないかもしれません。
なお、これ以外にパドックで、耳の覆いがなく、目のところが空いているメンコをつけている馬もいます。
意味ないじゃん!って感じなのですけど、これ、マジで意味がありません。ファッションでつけているのです。
で、このファッションの馬なんかはレースのときに外しているんじゃないかと思うのですけど、今日、Enjoy Ruffian 2010年10月号 一頭入魂(浅野靖典)を読んでいて驚いたのが、「疾走中にメンコ=耳覆いをつけていると、運動能力が数%下降するそうです」とあったこと。マジか!?
ファッションの馬だけでなく、音に臆病な馬でもパドックだけメンコをつけるという馬がいます。Enjoy Ruffian 2010年10月号で出ていたマイネルラクリマも、メンコのせいで運動能力が低下しているのでは?という話がされていて、その中でこの説明が出ていました。以下のようなコメントです。
「イレコミが気になったのでメンコを試してみました。そうしたら2週前追い切りの併せ馬で、先着できるかなという手応えがあったのに前の馬に届かなかったんですよ。(筆者注:疾走中にメンコ=耳覆いをつけていると、運動能力が数%下降するそうです)それでメンコはパドックだけ装着ということに決めました」(曽根 斉調教厩務員、上原博之厩舎)
迷信くささもあるんですけど、本当なんですかね?
2026年3月7日土曜日
テンポイント死亡も…重い斤量と故障の関係はよくわかっていない?
■2023/01/29 斤量60キロで故障した馬が出て、虐待の声や斤量見直し論が出る…
■2020/09/25 66.5kgの重い斤量が災い?故障した名馬テンポイントの悲劇
■2020/09/25 テンポイント死亡も…重い斤量と故障の関係はよくわかっていない?
■2020/09/25 障害の難易度が高いのと斤量が重いの、日本と海外どちら?
■2020/09/25 斤量が効くかどうかは、コースや馬場によって全然違う?
■2021/01/25 軽量馬が64kg背負って圧勝!64kgの勝利は約20年ぶり
■2023/01/29 斤量60キロで故障した馬が出て、虐待の声や斤量見直し論が出る…
2023年01月28日東京11R・白富士S(芝2000メートル)の3コーナーで競走中止となったサトノフラッグ(牡6=国枝)。故障と見られていました。その後、JRAが左前肢ハ行と発表しています。
サトノフラッグの場合、「594日ぶりの実戦」という点も話題に。この594日ぶりなのに、陣営がわざわざ重い斤量のレースを復帰戦を選んだことについては、戦前から心配する声が出ていました。
・白富士Sで競走中止のサトノフラッグ、左前肢ハ行 JRAが発表(スポニチ 2023年01月28日(土) 17時04分)
<サトノフラッグは父ディープインパクト、母バラダセール(母の父ノットフォーセール)の血統。20年にはG2・弥生賞ディープインパクト記念を制し、この日は21年6月13日のG3・エプソムC以来、594日ぶりの実戦だった>
https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=220794
ここまではわかる話だったのですが、「マジで言っているの?」と思ったのが、60キロの斤量があること自体に批判が出ていたこと。後述するテンポイントのような斤量ならわかるのですが、60キロは全然極端な斤量ではありません。
もちろん一部の人しか言っていないわけですが、ひとりじゃなくて複数いたのでどうもマジで言っている感じだったんですよ。ストレートに「60kgは虐待」と主張する人は明らかに60キロを問題視。「サトノフラッグの故障でまた斤量が議論になる」といったコメントもあり、これもまた60キロを問題視していることがわかります。
わかりづらかったのが、「最近60kgで何頭走っていようが今日サトノフラッグが60kg背負って故障したのが現実」と書いていた人。ただ、これもたぶん「60キロは重すぎる」という主張なのでしょう。
なんでわかりづらいと思ったのかというと、これは普通サトノフラッグの故障は斤量のせいとは考えづらい…と言うときの論理に微妙に近かったためでした。
普通に科学的な考え方をすれば「今日サトノフラッグが60kg背負って故障したのは事実だが、60キロで走っているの多数の馬が故障していないため、斤量のせいとは考えづらい」といった感じになります。「何頭走ってようが故障した馬が1頭でもいれば斤量のせい」という主張は、非科学的思考すぎて想定外でした。
この論理がまずいとわかるのは、斤量が軽くても同じ主張が可能であることでしょう。
例えば、軽ハンデ49キロの馬が故障したときにも「最近49kgで何頭走っていようが今日49kg背負って故障したのが現実」と言えちゃうんですね。感情論のみで論理性ゼロでまずいですわ。
こういう考え方だと詐欺にも簡単に引っかかっちゃうので、考え方を改めていってほしいです…。
■2020/09/25 66.5kgの重い斤量が災い?故障した名馬テンポイントの悲劇
重い斤量といえば、テンポイントです。66.5kgの斤量で出走したテンポイントは、斤量を懸念していた鞍上の思いとは異なり、斤量を苦にしている様子はなく、むしろ「楽勝だ」と感じる走り。しかし、第4コーナーに差し掛かったところで左後肢を骨折し競走を中止しています。
重症でしたが安楽死は行わず、手術し闘病を行いますが、結局、亡くなりました。テンポイントのいた吉田牧場の人と知人だった親族は、テンポイントの壮絶な闘病についてよく話を聞かされたといいます。
■2020/09/25 テンポイント死亡も…重い斤量と故障の関係はよくわかっていない?
ただ、負担重量 - Wikipediaでは、テンポイントの事故以来、重い斤量が避けられているが、<科学的に斤量の差がどのくらい馬に負担をかけるのかは解明されていない>と書いていました。出典がなく、独自研究とされる部分なので、注意が必要ですけどね。これ以降の引用部も独自研究の疑いのあるところでした。
<日本では馬によっては59キログラムのハンデを苦にせずGI競走の前哨戦で背負いながらも勝つことも多く、実際のところは馬の能力によって左右される。ただし、日本では60キログラム以上の斤量で出走させることはまれである。とくに、ハンデキャップ競走で66.5キログラムの斤量を背負ってレース中に故障したテンポイントの事故以降、極端に重い斤量を嫌う傾向が顕著となっている。ただし、科学的に斤量の差がどのくらい馬に負担をかけるのかは解明されていない>
これは、単に詳細不明というだけで、重い斤量だから故障しやすいわけではないという意味ではないと思うのですけど、実際、よくわかっていない可能性もあるかもしれません。
例えば、イギリスのGIの障害戦チェルトナムゴールドカップでは6歳以上牡騸馬は74.5キログラムと定められているとのこと。こうした重い斤量のレースで、飛越によらない競走中止が多いかどうか見ていくなど、分析する必要がありそうですね。
他に<アメリカのダート競走はハンデキャップ競走をのぞけば日本同様58キログラム以上の斤量を背負ってGI競走を走ることはまれであり、こちらは日本の競馬に近いといえる。一方で、ヨーロッパは全般的に60キログラム以上を背負うことも多い>という話もありました。後述するように、62kgの例も出ています。
■2020/09/25 障害の難易度が高いのと斤量が重いの、日本と海外どちら?
ところで、先の障害戦のところでは、障害競走では道中あまりにスピードを出しすぎると飛越の際に危険を伴うので日本では60キログラム程度の斤量となることが多いが、日本以外では国により異なるがより重い斤量となっていることが多いという話でした。
そもそも日本の障害は海外より楽な障害が多いと聞いたことがあったので、日本より難しい障害の海外が、加えて斤量も重いというのは意外でした。ただ、よく考えてみると、スピードを出しすぎると飛越の際に危険を伴うから重くしているという当初の目的からすると、障害が難しいからこそ、より斤量を重くしてスピードを落とすということなのでしょう。矛盾はありませんでしたわ。
■2020/09/25 斤量が効くかどうかは、コースや馬場によって全然違う?
あと、この独自研究部分では、凱旋門賞に関する話がありました。単純に斤量だけでなく、コース形態によって斤量が効くかどうか変わってくるという話。日本でも同様だともされていました。
<フランスの凱旋門賞では4歳以上牡馬に59.5キログラムを背負わせて走らせることになっており、前哨戦で好成績をあげたのにもかかわらず、連覇に臨む馬が惨敗することが多い。ただし、イギリスの短距離GIであるナンソープステークスは4歳以上牡騸馬の斤量が62キログラムとなっているなど、凱旋門賞が特別な重量であるとはいえない。
斤量が与える影響に関しては、凱旋門賞が行われる高低差の激しいパリロンシャン競馬場とナンソープステークスが行われる平坦なヨーク競馬場の違いもあり、コース設計やレース距離が影響している可能性もある。実際、凱旋門賞はフランスで時期、距離区分によって決定された馬齢重量に従い、ほかのレースと同じく3歳と4歳以上は3.5キログラムの斤量差があるが、凱旋門賞だけは顕著に3歳が有利になっている。ロンシャン競馬場で凱旋門賞と同日に行われるアベイ・ド・ロンシャン賞は古馬、3歳ともに62キログラムである。
また、斤量差は日本のような走りやすい軽い芝よりも、ヨーロッパのように力のいる重い芝の方がより顕著に出るといわれていて、日本の競馬では重馬場のときに斤量の軽い方がより有利になるといわれている>
■2021/01/25 軽量馬が64kg背負って圧勝!64kgの勝利は約20年ぶり
謎の多い斤量に関する話では、JRA「驚愕」斤量64kgが20年ぶり勝利! 馬体重448kgのノワールギャルソンが、まさかの7馬身差圧勝 - GJ(2020.03.28 15:03)という記事も出ていました。
2020年3月28日、中京競馬場で行われた障害オープンをに7馬身差をつける強い内容で勝利したノワールギャルソン。斤量は近年では珍しい64kgでした。障害オープンを2勝している実績馬にも関わらず、8番人気であったのは、こうした斤量の重さもあったのではないかとされています。64kg以上を背負った馬は、ここ20年間勝っていなかったためです。しかも、軽量馬に分類されて良い、馬体重448kgの小さい方の馬ですからね。競馬記者は、「障害レースに詳しいファンなら『64kg以上は文句なしの切り』」と言って驚いていたそうです。
斤量64kgの勝利は2000年9月のロードアトラス以来、約20年ぶり。ただ、13連敗ということで、連敗はそれほど多くありません。そもそも64kgというのは最近珍しいですからね。もともと重い斤量が課される障害レースでさえ、出走は稀で、今回のノワールギャルソンが約3年ぶりの出走だったそうです。ちなみにJRAでの過去最高斤量の勝利は1932年の77kg(フラミンゴー)だとされていました。すごい斤量ですね。
なお、この記事は、斤量の重さが故障と関係あるのでは?と匂わすことを書いていました。<ちなみに2000年のロードアトラス以降、斤量64kg以上を背負った馬は13回出走したが、勝利どころか2度の競争中止がある。これだけを見ても、如何に過酷な斤量であるのかが窺える>とのこと。ただ、前述の通りデータが少ないため、なんとも言えず。障害競走であれば平地とは競走中止の多さもかなり異なることも考えなくてはいけません。前回紹介したように、イメージとは裏腹に、斤量の重さが故障に与える影響は、まだよくわかっていないのではないかと思われます。
2026年2月22日日曜日
昔上野公園の不忍池には競馬場があった 明治天皇などの豪華祭典
■2019/07/10 究極の税金の無駄遣い?莫大な予算使うも短命に終わる
■2019/07/10 サラブレッドはおらず、中国馬よりさらに遅い日本馬が主体
■2019/07/10 昔上野公園の不忍池には競馬場があった 明治天皇などの豪華祭典
昔上野公園の不忍池には競馬場がありました。昔というのはマジで昔で、JRAもない時代。明治時代のことです。馬券も売ってませんでした。
・上野不忍池競馬は1884年(明治17年)から1892年(明治25年)まで東京上野不忍池で行われていた競馬。
・共同競馬会社主催で、不忍池を周回するコースで行われていた。馬券は発売されずギャンブルとしての開催ではなく、屋外の鹿鳴館ともいうべき祭典で明治天皇をはじめ華族、政府高官や財界人を含む多くの観衆を集め華やかに開催された。
・上野不忍池が競馬場地として選ばれたのは交通の便もあるが、パリ・ブローニュの森にあるロンシャン競馬場などを意識し貴族の社交場として競馬場は公園内にあるのがふさわしいと考えたからだと言われている。
・不忍池周囲を競馬場として整備する総工費は11万7千円、国家事業である鹿鳴館の総工費18万円と比べてもその事業規模の大きさがわかる。
(Wikipediaより)
2023/01/02追記:「明治天皇をはじめ華族、政府高官や財界人を含む多くの観衆を集め華やかに開催された」と書きましたが、その豪華さは、不忍池競馬開催時の共同競馬会社(Union Race Club)のメンバーを見てもすごいです。
<社長を小松宮(引用者注:おそらく皇族で、伏見宮邦家親王第8王子である小松宮彰仁親王のこと)、副社長を毛利元徳、鍋島直大と皇族・旧大名が務め、幹事に伊藤博文、西郷従道、川村純義、松方正義、井田譲、楠本正隆、大河内正質、岩崎弥之助、藤波言忠などが名を連ね、会計長に三井八郎右衛門など、馬主にも旧大名たちや伊藤博文、西郷従道、岩崎弥之助をはじめ名士が名を連ねていた。競馬の母国イギリスでは競馬は貴族の社交の場であったことをそのまま取り入れた会社(クラブ)であった>
<創立時の役員は幹事に松方正義、蜂須賀茂韶。議員に野津道貫、保科正敬、鍋島直大、田中光顕、石井邦猷、小沢武雄、西寛二郎、黒川通軌、楠本正隆など、旧大名、明治の元勲、政治家、高級将校などが名を連ねる>
■2019/07/10 究極の税金の無駄遣い?莫大な予算使うも短命に終わる
ただ、 1884年から1892年までとなっていたように寿命が短く、現代の競馬に強く繋がるものでもありませんでした。
理由は前述の通り、馬券を売っておらず、予算的に問題があり、持続性がありませんでした。国会事業として莫大な予算をつぎこんだものの、それを続けることはできなかったのです。
当時の収入は会費、入場料、天皇からの下賜金、宮内省、農商務省、陸軍省からの支援に頼っていたが赤字であり1886年(明治19年)からは一場所二日の開催になり賞金額も減少。ついに経営難のため1892年(明治25年)の秋場所を最後に共同競馬会社による上野不忍池競馬開催は終了しています。
大規模な競馬を開催できたのは、鹿鳴館に象徴される欧風化政策を進める外務省・宮内省、馬匹改良を求める陸軍・農商務省などの官の支援があったからでしたが、実はこれも事情が変わりました。鹿鳴館に象徴される欧風化政策は明治20年ごろから衰退したためです。
税金の使い方としてはどうだったんでしょうね? Wikipediaでは、そこまでツッコんでいませんでしたけど…。
■2019/07/10 サラブレッドはおらず、中国馬よりさらに遅い日本馬が主体
また、現代競馬にあまり繋がらないというのは、馬の種類の問題もあります。1884年当時、共同競馬会社の競走馬の大半は在来の日本馬で雑種馬も少数いた一方、純粋なサラブレッドなどの西洋馬は見つけることができなかったとのことです。
同じ時期、外国人が主催する横浜の根岸競馬では中国馬が活躍。中国馬は欧州馬には敵わないとはいえ日本馬より早かったのです。ただ、共同競馬会社のレースには中国馬すらも出られませんでした。
これにはもう一つの目的があるため。社交として競馬を運営するだけでなく、馬匹の改良も目的としていたのです。
日本に輸入されている中国馬はどれも騸馬(去勢された馬)であり、馬匹改良にならず、どうせつけるにしても西洋馬…という考えがあったとされていました。
ただ、日本馬の馬匹改良という大義名分自体もまた、上野不忍池競馬を短命に終わらせた理由の一つになったようです。
共同競馬会社自身は馬券を発売しなかったとはいえどうしても賭けが発生するため、勝利にこだわります。そうすると、日本馬のレースに偽って雑種馬を出場させるなど、血統の正当性も不明瞭化。陸軍の馬匹改良の目的に対しても疑問がわきだして、共同競馬会社への官の支援は脆弱になったという理由もあったそうです。
2025年12月1日月曜日
今の芦毛馬は全部、まだら模様のザテトラークの祖先?
■2021/10/7 今の芦毛馬は全部、まだら模様のザテトラークの祖先?
■2022/2/8 浮気で戦争になり惨敗して告げ口…かっこ悪いザテトラーク
■2021/07/19 変な意味の馬名 売春婦・キングサーモン・サーモントラウト
私は日本にデインヒルが合う!と信じていた時期があり、そのときにPOGで指名したのがエミナという○外の牝馬です。POG期間後を含めて3勝程度でそう強かった馬ではないのですが、思い入れのある馬でその長男のアンゲネームや長女のコリーヌも指名しました。
エミナは名前も良かったですね。意味がわからずとも可愛らしい名前ですが、意味を知るとさらに良いです。アイヌ語で「笑う」という意味なんですよ。非常に良い名前の馬だと思いました。
ところで、エミナの母はDelilah(デリラ)という名前でした。こちらは人名。ただ、あまり良い名前ではありません。というのも、デリラで一番有名なのは、『旧約聖書』に登場するペリシテ人の女性で、夫サムソンを裏切ってペリシテ人に売り渡した女性であるためです。
ひょっとしたら他の女性由来かな?と思って、デリラの母Courtesaneの名前を調べてびっくり。最後のeがいらないのですが、Courtesanなら高級売春婦の意味らしいんですよ。なので、デリラはこの売春婦からの連想と思われます。海外の競走馬の名前ではたまにこういう「なんで?」というひどい意味の馬がいますね。謎です。
さらにさかのぼってCourtesaneの祖母Kingsworthy。検索すると、英語のKings Worthyというページが出てきます。イングランドの地名ですね。この名前は彼女の父Kingstoneからの連想だと思われます。Kingstoneは人名か、王の石という意味か。eがないKingstonであれば、「王の町」を意味し、地名や人名の意味。ここらへんは変な名前ではありません。
ところが、Kingstoneの父がちょっと変な名前。King Salmon(キングサーモン)という鮭の一種です。日本ではマスノスケとも呼ばれますね。「魚の名前だっていいじゃん!」という感じで、売春婦ほどネガティブではありませんが、珍名の部類だと思われます。
このキングサーモンも父からの連想でしょう。こちらはなんとSalmon-Trout(サーモントラウト)、日本で言うニジマスです。ニジマス・サーモントラウトは食べるのですと大好きなんですが、馬名となるとやはり「う~ん」と思ってしまいます。
ちなみにサーモントラウトは和製英語とされるため、ニジマスではない可能性も大。ただ、海外でもサーモントラウトという名前が使われているところを見ると、海外でも何らかのサケ・マス類を指す言葉なのかもしれません。troutもサケ・マスを意味する言葉なので、広くサケ・マス類って意味でしょうかね。
サーモントラウトのさらに父なのですが、こちらはザテトラーク(The Tetrarch)という馬。彼は偉大な競走馬ですし、やっと名前もへんてこじゃありません。父ロアエロドがヘロデ大王を意味することから、その息子ヘロデ・アンティパスの称号「テトラーク(Tetrarch、四分封領主)」からとられた名前だそうです。
ただし、ザテトラークは毛色が変わっていました。なんと芦毛の馬体に大きな黒い斑点模様のついた奇妙な毛色をしていたんですね。サーモントラウトについては情報がなくて不明ですが、ひょっとしたら斑点を父ザテトラークから受け継いでおり、斑点を持つ魚からの連想でサーモントラウトと名付けられたのかもしれません。
■2021/10/7 今の芦毛馬は全部、まだら模様のザテトラークの祖先?
前回、出てきたザテトラーク。あだ名がその名も「Spotted Wonder」(驚異のまだら)であることがわかるように、奇妙なまだら模様という毛色が変てこな馬な一方で、競走馬としても種牡馬として大成功した名馬です。Wikipediaを見ていると、おもしろいエピソードが多数あります。
<ザテトラークは芦毛の馬体に大きな黒い斑点模様のついた奇妙な毛色をしており、馬体も貧弱だったためみすぼらしい馬と嘲笑を浴びることもあった。この奇妙な毛色は7代父のパンタルーンや母の祖父であるベンドアにも現れており何らかの遺伝子が作用したと考えられている。ザテトラークの代表産駒の一頭であるムムタズマハルにもこの特徴は受け継がれ、現在でもまれに発現することで知られている。
また、この時代には稀少であった芦毛を持ち、父ロアエロドとともに芦毛中興の祖となった。現在の芦毛馬の多くがこの父子を元にしている>
ザテトラークは7戦7勝だったのですが、内容がトンデモエピソードだらけの7戦7勝です。昔の話なので誇張も混じっていそうですが、力を出さずに圧勝したり、トラブルがあっても勝ってしまったり、考えられないほどの大差で勝ったりととにかく強かったといいます。
<1913年4月17日、ザテトラークはニューマーケット競馬場で行われた芝1000メートルのレースでデビューした。人気は3番人気であったがスタート直後から他馬を引き離し、そのまま先頭でゴールした。このときザテトラークが全力疾走したのは最初の1ハロンだけであったといわれている。6月に入り、ザテトラークはウッドコートステークス(芝1200メートル)、コヴェントリーステークス(芝1200メートル)を連勝した。コヴェントリーステークスにおける2着馬との着差は公式記録では10馬身だが、実際には50馬身で、ほかの競走馬の馬主の名誉のために主催者側が配慮したとも伝えられている。
4戦目のナショナルブリーダーズステークス(芝1000メートル)ではスタートで大きく出遅れ(スタート後その場に膠着したため。伝承では約200メートルの遅れをとったとされている)、カランドリアをクビ差交わして優勝した。このレースがザテトラークの競走生活における唯一の辛勝である。騎乗していたスティーヴ・ドノヒューによるとザテトラークには気に入らないことがあるとその場に留まって動かなくなる癖があり、その癖が原因で膠着した。
5戦目のラウスメモリアルステークス(芝1200メートル)ではパドックから本馬場への移動中に膠着を起こし、レースのスタートを1時間遅らせるアクシデントを引き起こしたがレースでは問題を見せず、翌年のエプソムオークス優勝馬プリンセスドリーに6馬身の差をつけて優勝、9月に入り6戦目のチャンピオンブリーダーズフォールステークス(芝1000メートル)と7戦目のシャンペンステークス(芝1200メートル)もそれぞれ4馬身、3馬身の差をつけて勝った>
前述の通り、種牡馬としても成功。ただ、これまたトンデモエピソードがあります。1919年にはイギリスのリーディングサイアーとなるなどしたものの、種牡馬なのに種付けが嫌いという致命的なデメリットがあり、種付けをやめるために全力で頑張っていたそうです。なんとかして学校を休む方法を考える子供みたいな感じです。
この困った特徴のために成功は続かず。逆に言うと、少ない種付け頭数で成功したわけで、レースエピソード同様に本気を出さずとも優秀な成績を残しました。
<種付けには時間を要し、途中でやめてしまうこともしばしばあった。交配中にわざと尾の付け根を痙攣させて射精したかのように見せかけるなど、種付けをやめるための手段は手が込んでいた[3]。ザテトラークの産駒数は1922年生まれが12頭、1923年生まれが10頭、1924年生まれが4頭と減少を続け、1927年以降はまったく誕生しなくなった。ザテトラークが生涯に生み出した産駒は130頭であった。それでも産駒は合計257勝をあげ、前述のように1919年にはイギリスリーディングサイアーを獲得している>
<ザテトラークの代表産駒は2000ギニー勝ち馬テトラテマ、快速牝馬ムムタズマハルである。ほかにセントレジャーステークス勝ち馬を3頭輩出した。直系子孫は先細りで現在はほとんど残っていない。ザテトラークの資質をもっともよく受け継いだのはムムタズマハルとされており、その子孫にはナスルーラ、マームード、シャーガー、オーソーシャープなど数多くの名馬がいる。日本へは戦前にテトラテマの産駒セフトが輸入され、トキノミノル、ボストニアンなど多くの活躍馬を出し成功した>
■2022/2/8 浮気で戦争になり惨敗して告げ口…かっこ悪いザテトラーク
以前書いたように、ザテトラーク(The Tetrarch)はその父ロアエロドがヘロデ大王を意味することから、その息子ヘロデ・アンティパスの称号「テトラーク(Tetrarch、四分封領主)」からとられた名前だとのこと。競馬の話からは離れちゃうのですが、今回はこのヘロデ大王の息子であるヘロデ・アンティパスについてのWikipediaを読んでみよう…という話です。
この前、「ザテトラークという名前はへんてこじゃありません」といったことを書いたのですが、競争馬の名前にしたくなるような活躍をしているわけでもないんですよね。むしろダメダメな君主でした。やはりちょっとへんてこな名前かもしれません。
ヘロデ・アンティパスは、母親の身分的にも年齢的にも王位継承順序は高いわけでもありませんでした。ただ、ヘロデ大王の弟であるフェロラス死亡から間もない頃(西暦紀元前5年ごろ)にこの時点で存命の異母・同母双方の兄たちが全員父から嫌われたことで一度は王位継承者に指名されたこともあるそうです。
ところが、ヘロデ大王は死亡直前考えをまた改めて王位継承者をアルケラオスに変え、アンティパスをガリラヤとペレヤの領主に指名しました。
これでアンティパスは不服を持ちました。また、王位継承者に指名されたアルケラオスを嫌っている親族達はローマ皇帝に訴え出て、ヘロデ大王が晩年病気で正確な判断ができなくなっていた可能性があること、仮にヘロデの遺志がアルケラオスを本当に指名していても、アルケラオスは残忍さや身勝手な点で王にふさわしくない人間だと主張したそうです。
この揉めている間に、ヘロデ大王の領地では各地で暴動が発生。シリア総督の許可を得て皇帝に使者を送り、ローマ帝国の直轄地域としてシリア属州に組み込まれたいと要求する地域も出てきました。
これらを踏まえたローマ皇帝は最終的にヘロデの最後の遺言を原則としつつも、アルケラオスを王としては認めず「エスナルケス(民族の統治者)」として認定しました。
一方、ザテトラークの由来となったアンティパスの方も、ガリラヤとペライヤのテトラルキア(四分領太守)に認定され、年間200タラントンの収入が得られることになります。ゴネたことで得したのかもしれません。
アンティパスの功績としては、いくつか新しい町を建設したこと。セップォリスの町を要塞化してアゥクラトリス)、ベタラムフタの城壁も整備してユリアと命名したが、さらに壮大だったのはティベリウスの時代にゲネサレト湖(現在のガリラヤ湖)のほとりの温泉が湧く地域に新しく都市を作り、そこに当時の皇帝の名をつけてティベリアスと名付けてそこを都として住んだそうです。ただ、ここは以下のような問題があったといいます。
<工事中にここが古代の埋葬地であったことが判明して敬虔なユダヤ人からは嫌われ、結果、ティベリアスに異民族やユダヤ人でも冒険家や乞食といった人々を無理にでも駆り集めてそこに植民させたことでかなり住民が混合した町になり(ヨセフス曰く「無統制な集団」で「ガリラヤ人や行政官、家付き土地付きの移住を条件に開放させられる奴隷。」などがいたという>
彼自身の領主としての評価は父ほど野心的ではないとみられており、ヨセフスからは「平穏を愛する(静かな生活に満足している)」とされています。
ただ、ローマ従属国のナバテア王国と友好を結ぶためアレタス4世の娘ファサエリスを最初に妃に迎えていたのに、異母兄の娘(つまり、姪)ヘロディアに熱を上げるという失態を犯していました。これにより、最初の妃であったアレタスの娘に実家に逃げられ、後日これに激怒したアレタスと戦争になって惨敗します。
惨敗したアンティパスは、従属国の君主は独断で戦争をしかけてはいけないというルールがあったため、ローマ帝国に訴え出ます。ルール通りなのですが、惨敗した後なので、告げ口しているようでかっこ悪いですね。
とりあえず、これにより、皇帝のティベリウスは戦争を仕掛けたアレタスを生死を問わず捕らえるようにシリア総督に命じます。結果、これ以上アレタスは介入できなくなったのですが、捕らえられることもなかった模様。この後間もなく(戦争から約6か月後)ティベリウスが死亡したことでアレタスへの処罰は行われないまま終わっているそうです。
また、アンティパスの所業で有名なものの一つに、人々に評判の良かった洗礼者ヨハネを処刑したことがあるそうな。「当時タブーだった他の兄弟の妻であったヘロディアを妻にしてしまった事をヨハネに非難された」と「ヨハネの評判が良すぎて彼が人々を扇動するのを危惧した」などの説があるといいます。
当時の一般大衆は宗教的希望と政治的希望を区別していなかったので、どちらの場合でも政治的混乱につながる危険があったとされているものの、ちょっと勝手なところを感じてしまいます。
なお、兄弟の妻との結婚はタブーですが、当時のユダヤ地方ではおじと姪の結婚自体はタブーではなかったとのこと。ヘロデ大王の妹でヘロディアの祖母であるサロメも叔父のヨセフス(フラウィウス・ヨセフスとは同名の別人)と結婚しているという例もあるそうです。
ここで出来てたヨハネ処刑の原因となったという説があり、なおかつ前述の惨敗した戦争の原因ともなった最愛の妻ヘロディアですが、最終的に彼女がヘロデ・アンティパスに破滅をもたらした…とされてました。以下のような説明です。
<ローマの皇帝がティベリウスからカリグラに変わった際、ヘロディアの兄弟であるアグリッパは以前からカリグラと仲が良かったためフィリッポスの領地を手に入れた他「王」の称号も手に入れた。
アグリッパはかつて生活が困っていた際にアンティパスに仕事を都合してもらったが、喧嘩でその座を解任されたような過去もあったため、これを妬んだヘロディアに言われて最初は乗り気ではなかったアンティパスも王の称号をもらえるように夫婦で嘆願に行ったところ、先手を打っていたアグリッパの使いがアンティパスの非難目録を持ってきて彼の非行や周囲の国々との衝突を上げ、彼がローマの掟に背いている証拠に大量の武器を貯蔵していることを上げた。
カリグラはこれを聞いた後アンティパスに大量の武器の備蓄の件について尋ね、これを否定できなかったことで他の件も非難目録は信用できるとして彼の領地を没収し、追放の刑にした(引用者注:アンティパスの領地はアグリッパが相続した)>
余計なことをしてしまったへロディアですが、純愛派で憎めないところもあります。へロディアはアグリッパの姉妹であるためある程度の情けはかけられ、本来は追放処分ではなかったとのこと。ただ、へロディアは夫についていくことを望んだため一緒に流刑地に行っています。
その後については諸説あり、アンティパスは「へロディアと一緒に流刑地で死んだ」というのがひとつの説。これは実を言うとマシな方の説で、救いようがない「カリグラに殺害された」という説も伝えられているそうです。
2025年11月8日土曜日
競馬用語の「満口」の読み方は、「まんくち」ではなく「まんこう」?
■2023/11/29 競馬用語の「満口」の読み方は、「まんくち」ではなく「まんこう」?
一口馬主で口数がなくなり満杯になることを「満口」といいます。私はこれをずっと「まんくち」と呼んできました。ところが、「まんこう」が正しい!と主張する方もいらっしゃると初めて知ります。
20: 名無しさん@実況で競馬板アウト 2021/11/25(木) 21:45:33.38 ID:+fQj9HoJ0
満口ってどう読むの?
「まんくち」?それとも「まんこう」?
48: 名無しさん@実況で競馬板アウト 2021/11/25(木) 22:08:34.22 ID:tMjmZXO00
>>20
まんくちって何だよ?まんこうに決まってるだろ?
https://kamashi-sokuhou.com/?p=2987
競馬用語ではない「満口」では、確かに「まんこう」と呼ぶそうです。ただ、これは意味が全然違いますからね…。
精選版 日本国語大辞典 「満口」の意味・読み・例文・類語
まん‐こう【満口】
〘名〙 口中に満ちていること。また、しきりに言うこと。
https://kotobank.jp/word/%E6%BA%80%E5%8F%A3-2084445
前述のスレでは、「種付け権は一口(ひとくち)と読むんだから、フルになれば(まんくち)じゃないのか 満口(まんこう)とは意味が違くね」と返されており、私も同じ考え方です。
例えば、100口あるもので、ひとくち、ふたくちと増えてくるから、満杯で「まんくち」。
「てん」以外に読みようがないというのもありますが、最大が100点の場合、1てん、2てんと増えていき、最後はそのまま「100てん」で「まんてん」ですし、「満口」も「まんくち」でイイような気がするんですけど、どうなんでしょうか?