■2021/09/22 菊花賞はいらない?元ネタ世界のセントレジャーは古馬開放・降格・距離短縮
■2022/10/27 菊花賞は未知の魅力 穴馬を狙いたくなる「全馬初めての長距離重賞」
■2021/09/22 菊花賞はいらない?元ネタ世界のセントレジャーは古馬開放・降格・距離短縮
競馬レースでは「~不要論」というのが多数あるのですが、日本だけでなく世界的にあるの菊花賞不要論。菊花賞は日本だけの名前ですから、正確に言うと、元ネタとなったセントレジャー不要論ですね。
この世界中にあるセントレジャー系レースの大元である、イギリスのセントレジャーについて、Wikipediaでは、以下のように説明しています。
<セントレジャーステークス(St. Leger Stakes)は、イギリスのクラシック三冠および牝馬クラシック三冠の最終戦としてドンカスター競馬場芝コース1マイル6ハロン115ヤード(約2921メートル)で行われる長距離適性を審査する競馬の競走である。競走名は18世紀のスポーツ愛好家であったアンソニー・セントレジャー陸軍中将に由来する。出走条件は3歳限定で繁殖能力の選定のために行われるため、騸(せん)馬の出走はできない。世界最古のクラシック競走であり、日本の菊花賞のモデル競走>
Wikipediaでは、<各国に「〜セントレジャー」と名のつくものや本競走をモデルとした競走が数多く施行されている>と多くの競走を紹介。ただ、<いくつかは完全に三冠最終戦としての性格を失っており、古馬を含めた長距離戦としてやただの下級戦となっている例も有る>としていました。リステッド競走まで落ちている寂しいレースもありますね。
一方で、<日本やトルコ、インドなどは当初の性格を残している>とのこと。Wikipediaの一覧では、距離を短縮したかどうか記載がないのですが、それ以外の「古馬開放」「降格」はわかるので、以下、分類して紹介しておきます。
<3歳G1維持>
・イギリス - セントレジャーステークス(G1)
・アメリカ合衆国 - ベルモントステークス(G1)
・日本 - 菊花賞(GI)
・チリ - チリセントレジャー(G1)
・インド - インドセントレジャー(G1-part2)
・トルコ - アンカラ・コスス賞(G1-part3)
<降格+古馬開放>
・ドイツ - ドイチェスセントレジャー(G2→G3、古馬開放)
・イタリア - セントレジャーイタリアーノ(G2→G3→L→G3、古馬開放)
・ニュージーランド - ニュージーランドセントレジャー(G1→L、古馬開放)
<古馬開放>
・アイルランド - アイリッシュセントレジャー(G1、古馬開放)
・フランス - ロワイヤルオーク賞(G1、古馬開放)
・アルゼンチン - カルロスペルグリニ大賞(G1、創設時より古馬出走可。セントレジャーではないが相当する競走とされることもある。同国の最強馬決定戦の1つ)
<降格>
・南アフリカ - サウスアフリカンセントレジャー(L、降格ではなくもともと?)
■2022/10/27 菊花賞は未知の魅力 穴馬を狙いたくなる「全馬初めての長距離重賞」
不要論もある菊花賞ですが、私は一番好きなレースのひとつ。特に馬券的には一番好きなレースで、人生で最も馬券を購入しているレースです。ただ、そもそもあまり馬券を買わない私の「人生で最も馬券を購入しているレース」なので、大した金額じゃありませんけどね。JRAさんにはあまり貢献できていません。
菊花賞がおもしろいというのは、この世代の馬が初めて経験する3000mの重賞であること。わからない部分が多く、穴馬でもチャンスがありそうな気がしてワクワクするんですよね。スロウでスタミナがあまり関係ない展開になることが多いとは言え、実績のない長距離を走りそうな血統が馬券に絡むのでは?とつい買いたくなってしまいます。
この菊花賞はほぼ毎年買っており、一時は「得意なレース」と思っていた時期もありました。ただ、実際問題、最近さっぱり当たってないよな…と思ったので確認してみることに…。
で、計算してみると、以下のような悲惨な結果となりました。回収率が100%を上回っていたのは初期の数年だけ。2013年を最後に10年ほど当たっていないという恐ろしい結果です。回収率は6割を切っていますので、むしろ苦手なレースと言った方が良い内容。買わない方が良いレースなのかもしれません。
年度 購入 払い戻し 回収率
2003 1,000 2,790 279%
2004 700 0 164%
2005 400 0 133%
2006 100 760 161%
2007 1,500 0 96%
2008 1,300 0 71%
2009 700 0 62%
2010 300 0 59%
2011 200 0 57%
2012 900 1,920 77%
2013 600 1,900 96%
2014 600 0 89%
2015 600 0 83%
2016 600 0 78%
2017 600 0 73%
2018 600 0 69%
2019 400 0 66%
2020 1,200 0 60%
2021 0 0 60%
2022 600 0 57%
合計 12,900 7,370 57%
2026年11月1日日曜日
サラブレッド生産頭数が減るほど日本競馬は弱くなる…本当か?
■2019/06/13 1万頭以上いたのに減り続けのサラブレッド、ついに増加に転じる?
■2019/06/13 血統が悪い売れ残りの馬がまさかの中央重賞勝利!
■2019/06/13 サラブレッド生産頭数が減るほど日本競馬は弱くなる…本当か?
■2022/10/07 馬の年次別生産頭数の変化は、急増・安定・急減・安定・増加
■2022/10/07 昔はアラブ系の方が多かった!合計頭数では見えないトレンドがある
■2019/06/13 1万頭以上いたのに減り続けのサラブレッド、ついに増加に転じる?
かつて1万頭以上いたサラブレッドですが、生産頭数は減り続け…というイメージ。例えば、株式会社ヒポファイル・ブラッドストックでは、「日本国内のサラブレッド生産頭数も、1万頭を超えていた1992年をピークに減少の一途を辿り、2015年には7000頭を下回る程まで減少してきました」と書いています。
なので、私はてっきり今ならもっと減っているのだと思ったら、増えていてびっくり。2018年の生産頭数 - 軽種馬登録ニュース(2019/02/05)によると、2017年の生産頭数は7,088頭(サラブレッド7,081頭、サラブレッド系種1頭、アラブ1頭、アングロアラブ5頭)で前年と比べると162頭の増加となったそうです。
単年度だけ増加といったものではなく、ここ数年地味に…ではあるものの増えているみたいですね。増加傾向が続くかどうかは別として、底を打った感じに見えます。
2022/10/07追記:その後も増えているみたいですね。日本軽種馬協会の年次別生産頭数というPDFによると、前回紹介した2017年の7,089頭(訂正されたのか以前の報道より1頭増加)の後、2018年は7,250頭、2019年は7,393頭、2020年は7,558頭、2021年は7,733頭と一貫して増加していました。
https://jbba.jp/data/pdf/sei.pdf
■2019/06/13 血統が悪い売れ残りの馬がまさかの中央重賞勝利!
以上は今回紹介したい話の予備知識。前フリでした。とりあえず、昔はたくさんサラブレッドがいたとだけ覚えておいてください。
紹介したかったというのは新しい話ではなく、1999年8月18日の新聞の切り抜き。おそらく北海道新聞だと思われます。「赤字の重圧 道営競馬明日はあるか」という連載の2回目で、生産に焦点を当てた回。タイトルは「リスク負い名馬輩出」なのですけど、加えて小さめの文字で「生産減なら中央に痛手」ともありました。私が問題視したいのがここなんです。
この連載と同じ月の8月1日。道営競馬所属のエンゼルカロが中央の函館3歳S(当時の名称)で勝利。道営馬の中央重賞勝利は初めてという快挙です。
馬主は当時55歳の白井民平さん。今回の話に関係ないんですけど、確か「借金王」みたいなあだ名もつけられた、地元門別町(当時)では有名な名物牧場主さんだったと思います。
余計なことを書いたんですけど、記事に戻ります。エンゼルカロは血統が悪い売れ残りの馬で仕方なく自ら馬主になった馬でした。こういうパターンは多いですね。道営では生産者馬主が半数だといいます。
■2019/06/13 サラブレッド生産頭数が減るほど日本競馬は弱くなる…本当か?
ただ、エンゼルカロが中央重賞を勝ったように、こうした血統が悪い地方馬が中央競馬を支えているというのが記事の主張。ピラミッドの底辺である地方競馬で走る馬が多いほど、ピラミッドの頂点である中央競馬のレベルも高くなるというのです。別の門別町の生産者の以下のような話を載せていました。
「 生産を減らせば、その分名馬が生まれなくなる」
「道営などの地方競馬が衰退し生産頭数が激減すれば、中央のレベルも低下してファンが離れ、日本の競馬界全体が崩壊しかねない」
結果論になりますが、これは本当なのかどうかかなり怪しい話でした。前述の通り、サラブレッドの生産頭数は1992年より大きく減ったものの、日本競馬のレベルが下がったとは思えません。
むしろ逆でしょう。記事の前年の1998年には、日本調教馬として初めてシーキングザパールがヨーロッパのG1競走を勝利。そして、今は日本の馬が海外G1を勝利するのは全く珍しくないところまでレベルが上がっています。
当時の私は無邪気に生産者側に都合の良いこの主張を信じてしまったので、おそらく切り抜きを取っておいたのだと思うのですが、これは他の産業で考えるとおかしい説だとわかりやすかったですね。
「小規模な零細事業者が減ると、国際的に通用するような大企業のレベルが下がる 」といった主張ですからね。よく考えると、そんなわけ、ねーだろ!という主張でした。
北海道新聞が地元の生産者の側に立つのは理解できますし、私も零細生産牧場を気持ちとしては応援したいものの、彼らを特別に守る大義は残念ながらありませんね。
■2022/10/07 馬の年次別生産頭数の変化は、急増・安定・急減・安定・増加
日本軽種馬協会の年次別生産頭数というPDFを見てみると、おもしろいです。このデータで最も古いのは1955年。戦争の影響で戦前もう少し多かった時期があった可能性がありますが、とりあえず、この1955年頃は今よりだいぶ少ないです。翌年がデータがある中では最低。減る年はありますが、全体としては急激に増加していたことがわかります。
年次 小計
1955 2,615
1956 1,954
1957 2,102
1958 2,439
1959 2,645
1960 3,019
1961 2,934
1962 3,070
1963 3,410
1964 4,010
1965 4,764
1966 5,101
1967 5,731
1968 6,245
1969 7,081
1970 8,051
1971 9,089
1972 9,671
1973 9,701
1974 11,030
ところが、1974年からは突如増加傾向が終了。ただ、減少傾向ということもなく、1万1000前後で安定する…という安定期に入りました。
1974 11,030
1975 11,651
1976 11,901
1977 11,072
1978 10,695
1979 10,847
1980 11,077
1981 11,342
1982 11,571
1983 11,602
1984 11,341
1985 11,198
1986 10,834
1987 10,734
1988 11,041
1989 11,269
1990 11,751
ピークは1992年であり、1990年代の前半は1万2000頭を超える数字を複数年で叩き出しました。
1991 12,560
1992 12,874
1993 12,591
1994 12,459
そして、このピークから一転して下がり続ける…という時期に入ります。急減と言って良い感じで減っていますね。
1995 11,545
1996 11,271
1997 10,865
1998 10,241
1999 9,679
2000 9,378
2001 9,311
2002 9,052
2003 8,773
2004 8,369
2005 8,043
2006 7,695
2007 7,533
2008 7,378
2009 7,483
2010 7,130
2011 7,092
2012 6,837
この減少傾向の底は2012年。その後は上がり下がりして傾向のない安定期に突入したかと思いましたが、2016年からは連続して前の年を上回る数字を出し続けており、上昇傾向がはっきりと見えています。
2012 6,837
2013 6,843
2014 6,904
2015 6,858
2016 6,907
2017 7,089
2018 7,250
2019 7,393
2020 7,558
2021 7,733
■2022/10/07 昔はアラブ系の方が多かった!合計頭数では見えないトレンドがある
以上はサラブレッド系だけでなく、アラブ系を含めた数字でした。実を言うと、このサラブレッド系・アラブ系という細かいところを見ていくと、ガラッと印象が変わってくるんですよ。今では信じられない話でしょうが、以前はアラブ系の方がむしろ多くなっていました。
年次 サラ系 アラ系
1955 660 1,076 -416
1956 727 899 -172
1957 817 1,038 -221
1958 941 1,243 -302
1959 1,031 1,437 -406
1960 1,115 1,683 -568
1961 1,237 1,560 -323
初めて逆転したのは1962年。ただし、それ以降もアラブ系の方が多い年がかなりあります。ここらへんは一進一退でした。ここは全体としては激増している時期であり、サラブレッド系、アラブ系ともに増えていたことがわかります。
年次 サラ系 アラ系 差
1962 1,491 1,449 42
1963 1,767 1,542 225
1964 2,013 1,873 140
1965 2,165 2,472 -307
1966 2,260 2,731 -471
1967 2,617 2,989 -372
1968 3,021 3,125 -104
しかし、アラブ系の方が多かったのは1968年が最後。その後は全部サラブレッドの方が多い…ということになりました。
また、このあたりからしばらくサラブレッドとアラブ系で増え方に大きな差が出ていたこともわかります。アラブ系が増えたり減ったりする中で、サラブレッド系は安定して伸びていました。
年次 サラ系 アラ系 差
1968 3,021 3,125 -104
1969 3,746 3,229 517
1970 4,389 3,561 828
1971 5,065 3,943 1122
1972 5,595 4,009 1586
1973 6,173 3,501 2672
1974 7,297 3,715 3582
1975 8,113 3,534 4579
1976 8,470 3,427 5043
全体としては1974年から1990年は安定期。サラブレッド系とアラブ系の割合も、1977年から1985年あたりだけは大きなトレンドがなく安定していました。
年次 サラ系 アラ系 差
1977 7,968 3,102 4866
1978 7,780 2,914 4866
1979 7,712 3,134 4578
1980 7,726 3,350 4376
1981 7,867 3,475 4392
1982 8,072 3,498 4574
1983 7,977 3,625 4352
1984 7,694 3,647 4047
1985 7,629 3,569 4060
ただ、1986年からは全体の頭数が変わらない中で、サラブレッドが増えてアラブ系が減るという比率の変化が起きています。
年次 サラ系 アラ系 差
1986 7,649 3,185 4464
1987 7,765 2,969 4796
1988 8,311 2,730 5581
1989 8,751 2,518 6233
1990 9,319 2,432 6887
その後ピークの時期を過ぎて全体の減少傾向に入ってくると、アラブ系とサラブレッド系の差はでこぼことした感じに。サラブレッドがアラブ系以上に減る…といったことが起きています。
ただし、アラブ系の復活というわけではなく、全体に苦しい時期であるため。アラブ系自体は減少トレンドがはっきりしています。
年次 サラ系 アラ系 差
1991 10,054 2,506 7548
1992 10,407 2,467 7940
1993 10,188 2,403 7785
1994 9,987 2,472 7515
1995 9,212 2,333 6879
1996 9,045 2,226 6819
1997 8,668 2,197 6471
1998 8,493 1,748 6745
1999 8,527 1,152 7375
アラブ系が1000頭を切ってしまうあたりになると、もう差を見てもしかないな…という感じに。もうほとんどがサラブレッド系ですし、サラ系すらほぼいなくなって、ほぼ全部純粋なサラブレッドのみという状態に。アラブ系はそろそろ0になりそうです。
年次 サラ系 アラ系
2000 8,622 756
2001 8,807 504
2002 8,747 305
2003 8,554 219
2004 8,261 108
2005 7,981 62
2006 7,669 26
2007 7,523 10
2008 7,370 8
2009 7,474 9
2010 7,120 10
2011 7,076 16
2012 6,828 9
2013 6,836 7
2014 6,888 16
2015 6,848 10
2016 6,906 1
2017 7,083 6
2018 7,244 6
2019 7,390 3
2020 7,553 5
2021 7,730 3
■2019/06/13 血統が悪い売れ残りの馬がまさかの中央重賞勝利!
■2019/06/13 サラブレッド生産頭数が減るほど日本競馬は弱くなる…本当か?
■2022/10/07 馬の年次別生産頭数の変化は、急増・安定・急減・安定・増加
■2022/10/07 昔はアラブ系の方が多かった!合計頭数では見えないトレンドがある
■2019/06/13 1万頭以上いたのに減り続けのサラブレッド、ついに増加に転じる?
かつて1万頭以上いたサラブレッドですが、生産頭数は減り続け…というイメージ。例えば、株式会社ヒポファイル・ブラッドストックでは、「日本国内のサラブレッド生産頭数も、1万頭を超えていた1992年をピークに減少の一途を辿り、2015年には7000頭を下回る程まで減少してきました」と書いています。
なので、私はてっきり今ならもっと減っているのだと思ったら、増えていてびっくり。2018年の生産頭数 - 軽種馬登録ニュース(2019/02/05)によると、2017年の生産頭数は7,088頭(サラブレッド7,081頭、サラブレッド系種1頭、アラブ1頭、アングロアラブ5頭)で前年と比べると162頭の増加となったそうです。
単年度だけ増加といったものではなく、ここ数年地味に…ではあるものの増えているみたいですね。増加傾向が続くかどうかは別として、底を打った感じに見えます。
2022/10/07追記:その後も増えているみたいですね。日本軽種馬協会の年次別生産頭数というPDFによると、前回紹介した2017年の7,089頭(訂正されたのか以前の報道より1頭増加)の後、2018年は7,250頭、2019年は7,393頭、2020年は7,558頭、2021年は7,733頭と一貫して増加していました。
https://jbba.jp/data/pdf/sei.pdf
■2019/06/13 血統が悪い売れ残りの馬がまさかの中央重賞勝利!
以上は今回紹介したい話の予備知識。前フリでした。とりあえず、昔はたくさんサラブレッドがいたとだけ覚えておいてください。
紹介したかったというのは新しい話ではなく、1999年8月18日の新聞の切り抜き。おそらく北海道新聞だと思われます。「赤字の重圧 道営競馬明日はあるか」という連載の2回目で、生産に焦点を当てた回。タイトルは「リスク負い名馬輩出」なのですけど、加えて小さめの文字で「生産減なら中央に痛手」ともありました。私が問題視したいのがここなんです。
この連載と同じ月の8月1日。道営競馬所属のエンゼルカロが中央の函館3歳S(当時の名称)で勝利。道営馬の中央重賞勝利は初めてという快挙です。
馬主は当時55歳の白井民平さん。今回の話に関係ないんですけど、確か「借金王」みたいなあだ名もつけられた、地元門別町(当時)では有名な名物牧場主さんだったと思います。
余計なことを書いたんですけど、記事に戻ります。エンゼルカロは血統が悪い売れ残りの馬で仕方なく自ら馬主になった馬でした。こういうパターンは多いですね。道営では生産者馬主が半数だといいます。
■2019/06/13 サラブレッド生産頭数が減るほど日本競馬は弱くなる…本当か?
ただ、エンゼルカロが中央重賞を勝ったように、こうした血統が悪い地方馬が中央競馬を支えているというのが記事の主張。ピラミッドの底辺である地方競馬で走る馬が多いほど、ピラミッドの頂点である中央競馬のレベルも高くなるというのです。別の門別町の生産者の以下のような話を載せていました。
「 生産を減らせば、その分名馬が生まれなくなる」
「道営などの地方競馬が衰退し生産頭数が激減すれば、中央のレベルも低下してファンが離れ、日本の競馬界全体が崩壊しかねない」
結果論になりますが、これは本当なのかどうかかなり怪しい話でした。前述の通り、サラブレッドの生産頭数は1992年より大きく減ったものの、日本競馬のレベルが下がったとは思えません。
むしろ逆でしょう。記事の前年の1998年には、日本調教馬として初めてシーキングザパールがヨーロッパのG1競走を勝利。そして、今は日本の馬が海外G1を勝利するのは全く珍しくないところまでレベルが上がっています。
当時の私は無邪気に生産者側に都合の良いこの主張を信じてしまったので、おそらく切り抜きを取っておいたのだと思うのですが、これは他の産業で考えるとおかしい説だとわかりやすかったですね。
「小規模な零細事業者が減ると、国際的に通用するような大企業のレベルが下がる 」といった主張ですからね。よく考えると、そんなわけ、ねーだろ!という主張でした。
北海道新聞が地元の生産者の側に立つのは理解できますし、私も零細生産牧場を気持ちとしては応援したいものの、彼らを特別に守る大義は残念ながらありませんね。
■2022/10/07 馬の年次別生産頭数の変化は、急増・安定・急減・安定・増加
日本軽種馬協会の年次別生産頭数というPDFを見てみると、おもしろいです。このデータで最も古いのは1955年。戦争の影響で戦前もう少し多かった時期があった可能性がありますが、とりあえず、この1955年頃は今よりだいぶ少ないです。翌年がデータがある中では最低。減る年はありますが、全体としては急激に増加していたことがわかります。
年次 小計
1955 2,615
1956 1,954
1957 2,102
1958 2,439
1959 2,645
1960 3,019
1961 2,934
1962 3,070
1963 3,410
1964 4,010
1965 4,764
1966 5,101
1967 5,731
1968 6,245
1969 7,081
1970 8,051
1971 9,089
1972 9,671
1973 9,701
1974 11,030
ところが、1974年からは突如増加傾向が終了。ただ、減少傾向ということもなく、1万1000前後で安定する…という安定期に入りました。
1974 11,030
1975 11,651
1976 11,901
1977 11,072
1978 10,695
1979 10,847
1980 11,077
1981 11,342
1982 11,571
1983 11,602
1984 11,341
1985 11,198
1986 10,834
1987 10,734
1988 11,041
1989 11,269
1990 11,751
ピークは1992年であり、1990年代の前半は1万2000頭を超える数字を複数年で叩き出しました。
1991 12,560
1992 12,874
1993 12,591
1994 12,459
そして、このピークから一転して下がり続ける…という時期に入ります。急減と言って良い感じで減っていますね。
1995 11,545
1996 11,271
1997 10,865
1998 10,241
1999 9,679
2000 9,378
2001 9,311
2002 9,052
2003 8,773
2004 8,369
2005 8,043
2006 7,695
2007 7,533
2008 7,378
2009 7,483
2010 7,130
2011 7,092
2012 6,837
この減少傾向の底は2012年。その後は上がり下がりして傾向のない安定期に突入したかと思いましたが、2016年からは連続して前の年を上回る数字を出し続けており、上昇傾向がはっきりと見えています。
2012 6,837
2013 6,843
2014 6,904
2015 6,858
2016 6,907
2017 7,089
2018 7,250
2019 7,393
2020 7,558
2021 7,733
■2022/10/07 昔はアラブ系の方が多かった!合計頭数では見えないトレンドがある
以上はサラブレッド系だけでなく、アラブ系を含めた数字でした。実を言うと、このサラブレッド系・アラブ系という細かいところを見ていくと、ガラッと印象が変わってくるんですよ。今では信じられない話でしょうが、以前はアラブ系の方がむしろ多くなっていました。
年次 サラ系 アラ系
1955 660 1,076 -416
1956 727 899 -172
1957 817 1,038 -221
1958 941 1,243 -302
1959 1,031 1,437 -406
1960 1,115 1,683 -568
1961 1,237 1,560 -323
初めて逆転したのは1962年。ただし、それ以降もアラブ系の方が多い年がかなりあります。ここらへんは一進一退でした。ここは全体としては激増している時期であり、サラブレッド系、アラブ系ともに増えていたことがわかります。
年次 サラ系 アラ系 差
1962 1,491 1,449 42
1963 1,767 1,542 225
1964 2,013 1,873 140
1965 2,165 2,472 -307
1966 2,260 2,731 -471
1967 2,617 2,989 -372
1968 3,021 3,125 -104
しかし、アラブ系の方が多かったのは1968年が最後。その後は全部サラブレッドの方が多い…ということになりました。
また、このあたりからしばらくサラブレッドとアラブ系で増え方に大きな差が出ていたこともわかります。アラブ系が増えたり減ったりする中で、サラブレッド系は安定して伸びていました。
年次 サラ系 アラ系 差
1968 3,021 3,125 -104
1969 3,746 3,229 517
1970 4,389 3,561 828
1971 5,065 3,943 1122
1972 5,595 4,009 1586
1973 6,173 3,501 2672
1974 7,297 3,715 3582
1975 8,113 3,534 4579
1976 8,470 3,427 5043
全体としては1974年から1990年は安定期。サラブレッド系とアラブ系の割合も、1977年から1985年あたりだけは大きなトレンドがなく安定していました。
年次 サラ系 アラ系 差
1977 7,968 3,102 4866
1978 7,780 2,914 4866
1979 7,712 3,134 4578
1980 7,726 3,350 4376
1981 7,867 3,475 4392
1982 8,072 3,498 4574
1983 7,977 3,625 4352
1984 7,694 3,647 4047
1985 7,629 3,569 4060
ただ、1986年からは全体の頭数が変わらない中で、サラブレッドが増えてアラブ系が減るという比率の変化が起きています。
年次 サラ系 アラ系 差
1986 7,649 3,185 4464
1987 7,765 2,969 4796
1988 8,311 2,730 5581
1989 8,751 2,518 6233
1990 9,319 2,432 6887
その後ピークの時期を過ぎて全体の減少傾向に入ってくると、アラブ系とサラブレッド系の差はでこぼことした感じに。サラブレッドがアラブ系以上に減る…といったことが起きています。
ただし、アラブ系の復活というわけではなく、全体に苦しい時期であるため。アラブ系自体は減少トレンドがはっきりしています。
年次 サラ系 アラ系 差
1991 10,054 2,506 7548
1992 10,407 2,467 7940
1993 10,188 2,403 7785
1994 9,987 2,472 7515
1995 9,212 2,333 6879
1996 9,045 2,226 6819
1997 8,668 2,197 6471
1998 8,493 1,748 6745
1999 8,527 1,152 7375
アラブ系が1000頭を切ってしまうあたりになると、もう差を見てもしかないな…という感じに。もうほとんどがサラブレッド系ですし、サラ系すらほぼいなくなって、ほぼ全部純粋なサラブレッドのみという状態に。アラブ系はそろそろ0になりそうです。
年次 サラ系 アラ系
2000 8,622 756
2001 8,807 504
2002 8,747 305
2003 8,554 219
2004 8,261 108
2005 7,981 62
2006 7,669 26
2007 7,523 10
2008 7,370 8
2009 7,474 9
2010 7,120 10
2011 7,076 16
2012 6,828 9
2013 6,836 7
2014 6,888 16
2015 6,848 10
2016 6,906 1
2017 7,083 6
2018 7,244 6
2019 7,390 3
2020 7,553 5
2021 7,730 3
ビッグレッドファーム鉾田トレセンの役割 調教師にも馬主にもメリット
■2013/9/20 ビッグレッドファーム鉾田トレセンの役割 調教師にも馬主にもメリット
■2013/9/20 実際、ビッグレッドファーム鉾田トレセンのレベルが低かったのは事実?
■2018/11/08 鉾田で調整し入厩した馬が掲示板に載る率は高い?低い?
■2017/09/04 やめたはずの冠名マイネ使ったマイネフレッシュ、南波壽氏の所有
■2013/9/20 実際、ビッグレッドファーム鉾田トレセンの役割 調教師にも馬主にもメリット
以前、ラフィアンの出資馬への書き込みで一口馬主らしい方が、「何で調教師でもない人がやっている鉾田トレセンに入れるのか意味がわからない。厩舎で調教していた方が良いだろう」といったことを書いていて、パソコンの前でのけぞりました。
こういう知識の人が一口馬主やっているというのは危ない気がします。
とりあえず、特別な馬のプロである調教師だけが調教する…という認識が当てはまらない国がある、かつての日本でもそれを否定した歴史的名馬の馬主がいた、などの話はこの際しません。
調教師の方が調教がうまい、そりゃずっと美浦か栗東に入れておいた方が良いということにして話しますが、鉾田トレセンに馬を送るのはそもそも調教師側の事情が大きいです。また、馬主側にも鉾田トレセンに預けるメリットがあります。
ここらへんの話を私が書いても正確にならないおそれがありますし、ちょうどビッグレッドファームの会報「アワープレジャー2012年12月号」に鉾田トレセンの話がありましたので、引用します。(と言うか、説明面倒くさいですし)
<最近の競馬でわれわれの出資馬は、思うようにレースに出られない。ご存知のとおり、5 着以内に入らなければ、優先出走権を手にできないからだ。その間、もしトレセンに滞在すれば預託料がかさんでしまう。厩舎にしても、出走できない馬を置き続ければ、成績を上げるのは容易ではない。
両者にとってプラスに働く存在が、鉾田トレセンのような外厩施設である。預託料を抑えるだけでなく、十分な鍛錬が可能だから、入厩後もすぐレースに出せる。実にありがたい存在といえる>
(アワープレジャー2012年12月号 馬恋慕第147回 鉾田日帰りツアー 河村晴明より)
http://www.ruffian.co.jp/site/ourpleasure/ourpleasure.php
馬主にしてみれば全く仕上がっていない状態から全部厩舎にやってもらうと非常にお金がかかります。また、すぐレースに使えないというのは、厩舎にしてみてもお金にならない邪魔者です。
ひどい場合にはほとんど厩舎に入れてもらえずに、他厩舎に移籍なんてこともあります。私の過去のラフィアン系じゃないPOG指名馬でも使ってもらえなかった新馬がいました。そういう意味で、鉾田トレセンのようなところは厄介払いするのにちょうど良いのです。
調教師側の事情としては馬房が限られているというのもあるでしょうけど、そうじゃなかったとしても同じ人員で最大限の収益を上げるのであれば、すぐに使える一流馬だけ揃えておくことが最も効率的です。
コンビニで例えると、商品の入れ替えを行って売れ筋商品だけを取り揃えるようなものですね。限られたスペースで最大限の収益を上げなきゃいけないので、品揃えを変えるなどして売れ筋の商品を優先的に店舗に出します。それに文句言ったって仕方ないでしょう。
そして、コンビニと同じように、調教師さんもボランティアでやってるわけじゃないのです。
まあ、委託馬が少なくてガラガラの不人気厩舎なら、すぐにレースに出せない馬を囲っておいて高い委託料ふんだくるという作戦もアリでしょうけど…。
■2013/9/20 ビッグレッドファーム鉾田トレセンのレベルが低かったのは事実?
記事の残りはあまり関係ないですけど、調教での巧拙の差が出ていたのかな?というお話もありましたので、そちらもどうぞ。
-----引用 ここから-----
開場した当初、鉾田の坂路は、事務所の奥にある谷を越えて、反対側の丘へと長く伸びていた。およそ1300mあったそのコースを改修したのが2 年前だった。
奥ではなく手前に伸びる格好に変わり、全長は600mに短縮された。だが、グンときつくなった勾配を活かして、新たな調教法が生まれたのだ。鈴木場長が解説した。
「この短い坂路にあわせて、インターバルトレーニング̶陸上選手などはあたりまえのように取り入れていますけども̶に変えて、普段は4 本5 本乗って、馬を鍛えています。さらに、坂路を走る合間も、ゆっくり歩くのではなく、ダグとキャンターで、まだ馬が苦しい内に次の調教に向かわせています。
結果として、前のコースより故障が減りました。あそこに1ハロンくらいの急勾配が見えますけども、いくら全力で走って
もスピードが出ないんです。いい感じで負荷をかけながら、スピードは出すぎませんので、馬がケガしなくなりました。そんなには目立ちませんけど、最近、成績の方も上向いてきていると実感しています」
以前、会員の間に「鉾田では故障が多い」と不満の声が上がったことがある。言うまでもなく、鉾田トレセンは“ 馬を仕上げるための施設” だ。現場のスタッフは「入厩後、10 日で使える状態」を目指して調教を行う。つまり、それだけ強い負荷を課さねばならず、行う調教は馬のケガと常に紙一重のところに置かれていた。
だが、急勾配の坂路を利用したインターバル調教を取り入れて、とりわけ前肢の故障が減少したという。調教スタッフの試行錯誤は確実な成果をもたらしたことになる。
-----引用 ここまで-----
会員が不満を持つというのは、元を正せば結果がついてこないためでもあります。結果が全てですね。
■2018/11/08 鉾田で調整し入厩した馬が掲示板に載る率は高い?低い?
鉾田トレセンの説明が、 Our Pleasure 2012年7月号のスタッフ記事でもありました。鈴木晃一さんの話からです。
・グループの競走馬のレースへ向けての調整、仕上げが業務。
・昨今、5 着以内に入着できなかった下級条件馬は、7、8週も待たなければ次の出走機会
を得られないなどという状況が頻繁に起きている。その間、トレセンに在厩となれば当然預託料がかかるが、自前の施設で次走の直前まで調整できれば経費も抑えられる。
・厩舎サイドとしても、出走できない馬を在厩させておくのは厩舎の成績向上のため得策ではないことから、お互いに利点がある。
ここは、やはり坂路を急勾配で短くしたことで、鉾田トレセンでの成績が向上したという話もありました。ただ、故障ではなく、成績に関わるものです。
・鉾田で調整し入厩した馬が、初戦に掲示板に載る率は、一昨年32%、昨年36%、今年は5月現在で45%と年々上昇。
名馬ミホノブルボンは故・戸山調教師のもと、当時まだ計測区間500mだった栗東の坂路だけで、誰も真似しない1日5 本乗りというスパルタトレーニングでダービー馬に育て上げられた、というエピソードもありました。ミホノブルボンって懐かしすぎですね。
■2017/09/04 やめたはずの冠名マイネ使ったマイネフレッシュ、南波壽氏の所有
ラフィアンは牝馬では冠名を使うのを数年前からやめています。なので、「 マイネフレッシュ」という2歳馬を見つけて不思議に思いました。また復活したのでしょうか?
馬柱を見ると、丹内騎手が騎乗しており、どう見てもビッグレッドグループ。丹内騎手が他のところの馬に乗ることはあまりありません。
で、馬主を確認したら、南波壽さんという聞いたことのない方。とりあえずラフィアンではありませんでした。
調べてみると、馬主さんは有名人。 馬主姓の一部「南」から, サウス. サザンの冠名を用いている方。これでしたらいくらでも有名馬がいますわ!サウスヴィグラスが最高傑作でしょう。
マイネフレッシュの父はそのサウスヴィグラスなので、サウス冠名で良さそうなものなのですけど、母のマイネアレグリア の「マイネ」をもらったようです。
なぜつけたのかはやっぱり不思議ですけど。
■2013/9/20 実際、ビッグレッドファーム鉾田トレセンのレベルが低かったのは事実?
■2018/11/08 鉾田で調整し入厩した馬が掲示板に載る率は高い?低い?
■2017/09/04 やめたはずの冠名マイネ使ったマイネフレッシュ、南波壽氏の所有
■2013/9/20 実際、ビッグレッドファーム鉾田トレセンの役割 調教師にも馬主にもメリット
以前、ラフィアンの出資馬への書き込みで一口馬主らしい方が、「何で調教師でもない人がやっている鉾田トレセンに入れるのか意味がわからない。厩舎で調教していた方が良いだろう」といったことを書いていて、パソコンの前でのけぞりました。
こういう知識の人が一口馬主やっているというのは危ない気がします。
とりあえず、特別な馬のプロである調教師だけが調教する…という認識が当てはまらない国がある、かつての日本でもそれを否定した歴史的名馬の馬主がいた、などの話はこの際しません。
調教師の方が調教がうまい、そりゃずっと美浦か栗東に入れておいた方が良いということにして話しますが、鉾田トレセンに馬を送るのはそもそも調教師側の事情が大きいです。また、馬主側にも鉾田トレセンに預けるメリットがあります。
ここらへんの話を私が書いても正確にならないおそれがありますし、ちょうどビッグレッドファームの会報「アワープレジャー2012年12月号」に鉾田トレセンの話がありましたので、引用します。(と言うか、説明面倒くさいですし)
<最近の競馬でわれわれの出資馬は、思うようにレースに出られない。ご存知のとおり、5 着以内に入らなければ、優先出走権を手にできないからだ。その間、もしトレセンに滞在すれば預託料がかさんでしまう。厩舎にしても、出走できない馬を置き続ければ、成績を上げるのは容易ではない。
両者にとってプラスに働く存在が、鉾田トレセンのような外厩施設である。預託料を抑えるだけでなく、十分な鍛錬が可能だから、入厩後もすぐレースに出せる。実にありがたい存在といえる>
(アワープレジャー2012年12月号 馬恋慕第147回 鉾田日帰りツアー 河村晴明より)
http://www.ruffian.co.jp/site/ourpleasure/ourpleasure.php
馬主にしてみれば全く仕上がっていない状態から全部厩舎にやってもらうと非常にお金がかかります。また、すぐレースに使えないというのは、厩舎にしてみてもお金にならない邪魔者です。
ひどい場合にはほとんど厩舎に入れてもらえずに、他厩舎に移籍なんてこともあります。私の過去のラフィアン系じゃないPOG指名馬でも使ってもらえなかった新馬がいました。そういう意味で、鉾田トレセンのようなところは厄介払いするのにちょうど良いのです。
調教師側の事情としては馬房が限られているというのもあるでしょうけど、そうじゃなかったとしても同じ人員で最大限の収益を上げるのであれば、すぐに使える一流馬だけ揃えておくことが最も効率的です。
コンビニで例えると、商品の入れ替えを行って売れ筋商品だけを取り揃えるようなものですね。限られたスペースで最大限の収益を上げなきゃいけないので、品揃えを変えるなどして売れ筋の商品を優先的に店舗に出します。それに文句言ったって仕方ないでしょう。
そして、コンビニと同じように、調教師さんもボランティアでやってるわけじゃないのです。
まあ、委託馬が少なくてガラガラの不人気厩舎なら、すぐにレースに出せない馬を囲っておいて高い委託料ふんだくるという作戦もアリでしょうけど…。
■2013/9/20 ビッグレッドファーム鉾田トレセンのレベルが低かったのは事実?
記事の残りはあまり関係ないですけど、調教での巧拙の差が出ていたのかな?というお話もありましたので、そちらもどうぞ。
-----引用 ここから-----
開場した当初、鉾田の坂路は、事務所の奥にある谷を越えて、反対側の丘へと長く伸びていた。およそ1300mあったそのコースを改修したのが2 年前だった。
奥ではなく手前に伸びる格好に変わり、全長は600mに短縮された。だが、グンときつくなった勾配を活かして、新たな調教法が生まれたのだ。鈴木場長が解説した。
「この短い坂路にあわせて、インターバルトレーニング̶陸上選手などはあたりまえのように取り入れていますけども̶に変えて、普段は4 本5 本乗って、馬を鍛えています。さらに、坂路を走る合間も、ゆっくり歩くのではなく、ダグとキャンターで、まだ馬が苦しい内に次の調教に向かわせています。
結果として、前のコースより故障が減りました。あそこに1ハロンくらいの急勾配が見えますけども、いくら全力で走って
もスピードが出ないんです。いい感じで負荷をかけながら、スピードは出すぎませんので、馬がケガしなくなりました。そんなには目立ちませんけど、最近、成績の方も上向いてきていると実感しています」
以前、会員の間に「鉾田では故障が多い」と不満の声が上がったことがある。言うまでもなく、鉾田トレセンは“ 馬を仕上げるための施設” だ。現場のスタッフは「入厩後、10 日で使える状態」を目指して調教を行う。つまり、それだけ強い負荷を課さねばならず、行う調教は馬のケガと常に紙一重のところに置かれていた。
だが、急勾配の坂路を利用したインターバル調教を取り入れて、とりわけ前肢の故障が減少したという。調教スタッフの試行錯誤は確実な成果をもたらしたことになる。
-----引用 ここまで-----
会員が不満を持つというのは、元を正せば結果がついてこないためでもあります。結果が全てですね。
■2018/11/08 鉾田で調整し入厩した馬が掲示板に載る率は高い?低い?
鉾田トレセンの説明が、 Our Pleasure 2012年7月号のスタッフ記事でもありました。鈴木晃一さんの話からです。
・グループの競走馬のレースへ向けての調整、仕上げが業務。
・昨今、5 着以内に入着できなかった下級条件馬は、7、8週も待たなければ次の出走機会
を得られないなどという状況が頻繁に起きている。その間、トレセンに在厩となれば当然預託料がかかるが、自前の施設で次走の直前まで調整できれば経費も抑えられる。
・厩舎サイドとしても、出走できない馬を在厩させておくのは厩舎の成績向上のため得策ではないことから、お互いに利点がある。
ここは、やはり坂路を急勾配で短くしたことで、鉾田トレセンでの成績が向上したという話もありました。ただ、故障ではなく、成績に関わるものです。
・鉾田で調整し入厩した馬が、初戦に掲示板に載る率は、一昨年32%、昨年36%、今年は5月現在で45%と年々上昇。
名馬ミホノブルボンは故・戸山調教師のもと、当時まだ計測区間500mだった栗東の坂路だけで、誰も真似しない1日5 本乗りというスパルタトレーニングでダービー馬に育て上げられた、というエピソードもありました。ミホノブルボンって懐かしすぎですね。
■2017/09/04 やめたはずの冠名マイネ使ったマイネフレッシュ、南波壽氏の所有
ラフィアンは牝馬では冠名を使うのを数年前からやめています。なので、「 マイネフレッシュ」という2歳馬を見つけて不思議に思いました。また復活したのでしょうか?
馬柱を見ると、丹内騎手が騎乗しており、どう見てもビッグレッドグループ。丹内騎手が他のところの馬に乗ることはあまりありません。
で、馬主を確認したら、南波壽さんという聞いたことのない方。とりあえずラフィアンではありませんでした。
調べてみると、馬主さんは有名人。 馬主姓の一部「南」から, サウス. サザンの冠名を用いている方。これでしたらいくらでも有名馬がいますわ!サウスヴィグラスが最高傑作でしょう。
マイネフレッシュの父はそのサウスヴィグラスなので、サウス冠名で良さそうなものなのですけど、母のマイネアレグリア の「マイネ」をもらったようです。
なぜつけたのかはやっぱり不思議ですけど。
競馬イメージを向上させた新聞はどこ?読売・朝日・毎日・日経・産経
■2020/06/22 競馬イメージを向上させた新聞はどこ?読売・朝日・毎日・日経・産経
■2024/08/07 中央競馬の冠競走、マスコミ名の目立つレースと目立たないレースで差
■2020/06/22 競馬イメージを向上させた新聞はどこ?読売・朝日・毎日・日経・産経
新聞社、放送局などのスポンサーの社名を冠した競走を冠競走(かんきょうそう)といいます。意外なことにこの先駆けとなったのは「朝日杯3歳ステークス」の朝日新聞であり、競馬イメージの向上に役に立った感じです。競馬ファンは感謝しなくちゃいけない新聞社かもしれません。
<本競走創設の発起人となったのは、馬主会の重鎮であった2代目中村勝五郎の息子・中村正行(3代目中村勝五郎)である。中村は当時騒擾事件が頻発していた競馬のイメージ改善を図るため、競馬ファンであった朝日新聞編集局長の信夫韓一郎に社賞の提供を持ちかけた。当初は最高格競走である東京優駿(日本ダービー)への提供を企図していたが、当時の国営競馬(農林省競馬部)が一社のみに許可を出すことを良しとしなかったため、代わりに3歳馬のチャンピオン決定戦という性格を持つ特別競走を新設することになった>
<「新聞社の名がつく競走ならば競馬の社会的信用も高められる」との考えから、競走名は「朝日盃三歳ステークス」とされた>
<戦前から競馬を敵視しつづけた朝日新聞社が競馬を大衆娯楽・スポーツと認めたことは他の大手マスメディアを刺激し、1955年までに読売カップ(読売新聞社)、毎日王冠(毎日新聞社)、東京新聞杯(東京新聞社)、NHK杯(日本放送協会)、日本経済賞(日本経済新聞社)、産経賞オールカマー(産経新聞社)といった競走が次々と新設された>
(朝日杯フューチュリティステークス - Wikipediaより)
当初は最高格競走である東京優駿(日本ダービー)への提供を企図していたとありましたが、ダービーも朝日新聞に関係が深いレース。中央競馬の冠競走一覧 - Wikipediaでは、他の朝日がつくレースと合わせて、以下のようにダービーや菊花賞についても補足する説明がありました。
<朝日杯フューチュリティステークス(阪神)
朝日杯セントライト記念(中山 2014年より寄贈)
朝日チャレンジカップ(阪神、2013年限りで撤退 現在はチャレンジカップとして施行)
朝日杯九州産3歳特別(朝日杯九州産3歳ステークス 小倉、現在実施せず)
この他、冠レースではないが東京優駿(日本ダービー)では優勝騎手に優勝旗が、菊花賞では社賞が朝日新聞社から贈られる>
■2024/08/07 中央競馬の冠競走、マスコミ名の目立つレースと目立たないレースで差
以前から思っていたのは、マスコミによる中央競馬の冠競走、マスコミ名の目立つレースと目立たないレースがあるということです。
例えば、朝日新聞の朝日杯フューチュリティステークスは朝日が目立つレース。以前はさらに目立つ朝日杯2歳Sでしたし、朝日チャレンジカップも目立っていました。朝日の冠がとれたチャレンジカップは、同時期に行われるチャンピオンズカップと紛らわしい…と悪評。朝日撤退の影響は大きい(?)です。
もっと目立つのは、東京新聞杯。そのまんまストレートすぎて、一番お得感があります。同じ系列の中日新聞杯もそのまんまなパターン。ついでに言うと、京都新聞杯、神戸新聞杯など、なぜか地方紙の方がオトクなパターンが多いと思います。
この他、日経新聞の日経賞、日経新春杯もわかりやすいところでしょう。毎日新聞の毎日王冠や毎日杯も朝日パターンなので、ある程度わかります。
一方、影が薄いな…と思うのが、読売新聞の読売マイラーズカップ。普通は単にマイラーズカップです。
また、産経新聞の産経賞オールカマー。単にオールカマーと言われることが多いです。今回調べていて、セントウルステークスも産経賞セントウルステークスだと知りましたが、さらに言われません。
産経新聞と同じグループである夕刊フジの夕刊フジ賞オーシャンステークスもほとんど言われませんね。夕刊フジ杯オパールステークスにいたっては、今回初めて知りました。
ついでに同じグループであるフジテレビ賞スプリングステークスも全然言われない名前。フジテレビの競馬番組で言うため覚えていますが、他ではほとんど見かけませんね。
先程「なぜか地方紙の方がオトクなパターンが多いと思います」と書いたのですけど、唯一お得じゃない地方紙が私の地元北海道新聞。クイーンステークスという重要度の高い重賞をゲットしているせいか、北海道新聞杯クイーンステークスとはあまり言われません。今回初めて知りました。
大きい重賞ほど目立たないという逆転現象は、スポーツ紙でも起きています。例えば、日刊スポーツでは、日刊スポーツ賞中山金杯や日刊スポーツ賞シンザン記念より、そのまんまな名前で言われやすい札幌日刊スポーツ杯の方が目立つといった具合です。
先程フジテレビだけ出した放送局の場合も、重賞かどうかの関係で、地方局の名前が目立ちやすく、大手の方が目立たないという逆転現象が起きています。
ただ、地方局でも結構重賞の冠になっており、目立たないところが結構ありますね。例えば、京都放送(KBS京都)のKBS京都賞ファンタジーステークスがそういったものです。
大手の方の例外としては、NHKマイルカップ。必ずNHKがつく名前で言われるので、お得感があります。
マスコミ以外の民間があるのは、鉄道会社だけ。そして、鉄道会社は全部わかりやすい名前になっているというのが不思議です。こういうのを見るのは、おもしろいですね。
京成電鉄
京成杯(中山 3歳=旧4歳限定重賞)
京成杯オータムハンデキャップ(中山) - 1980年(昭和55年)の開催日程の変更に際して9月中山開催となったため、1998年(平成10年)から10月東京開催の「京成杯3歳ステークス」より振り替えられた。
京王電鉄
京王杯スプリングカップ(京王杯スプリングハンデキャップ 東京)
京王杯2歳ステークス(東京) - 1980年(昭和55年)の開催日程の変更に際して10月東京開催となったため、1998年(平成10年)から9月中山開催の「京王杯オータムハンデ」より振り替えられた。
京阪ホールディングス・京阪電気鉄道
京阪杯(京都)
阪急阪神ホールディングス・京阪神急行電鉄→阪急電鉄
阪急杯(阪神)
名古屋鉄道
名鉄杯(中京)
発走の際は通常のファンファーレではなく、名鉄パノラマカーのミュージックホーンのメロディが演奏される。
■2024/08/07 中央競馬の冠競走、マスコミ名の目立つレースと目立たないレースで差
■2020/06/22 競馬イメージを向上させた新聞はどこ?読売・朝日・毎日・日経・産経
新聞社、放送局などのスポンサーの社名を冠した競走を冠競走(かんきょうそう)といいます。意外なことにこの先駆けとなったのは「朝日杯3歳ステークス」の朝日新聞であり、競馬イメージの向上に役に立った感じです。競馬ファンは感謝しなくちゃいけない新聞社かもしれません。
<本競走創設の発起人となったのは、馬主会の重鎮であった2代目中村勝五郎の息子・中村正行(3代目中村勝五郎)である。中村は当時騒擾事件が頻発していた競馬のイメージ改善を図るため、競馬ファンであった朝日新聞編集局長の信夫韓一郎に社賞の提供を持ちかけた。当初は最高格競走である東京優駿(日本ダービー)への提供を企図していたが、当時の国営競馬(農林省競馬部)が一社のみに許可を出すことを良しとしなかったため、代わりに3歳馬のチャンピオン決定戦という性格を持つ特別競走を新設することになった>
<「新聞社の名がつく競走ならば競馬の社会的信用も高められる」との考えから、競走名は「朝日盃三歳ステークス」とされた>
<戦前から競馬を敵視しつづけた朝日新聞社が競馬を大衆娯楽・スポーツと認めたことは他の大手マスメディアを刺激し、1955年までに読売カップ(読売新聞社)、毎日王冠(毎日新聞社)、東京新聞杯(東京新聞社)、NHK杯(日本放送協会)、日本経済賞(日本経済新聞社)、産経賞オールカマー(産経新聞社)といった競走が次々と新設された>
(朝日杯フューチュリティステークス - Wikipediaより)
当初は最高格競走である東京優駿(日本ダービー)への提供を企図していたとありましたが、ダービーも朝日新聞に関係が深いレース。中央競馬の冠競走一覧 - Wikipediaでは、他の朝日がつくレースと合わせて、以下のようにダービーや菊花賞についても補足する説明がありました。
<朝日杯フューチュリティステークス(阪神)
朝日杯セントライト記念(中山 2014年より寄贈)
朝日チャレンジカップ(阪神、2013年限りで撤退 現在はチャレンジカップとして施行)
朝日杯九州産3歳特別(朝日杯九州産3歳ステークス 小倉、現在実施せず)
この他、冠レースではないが東京優駿(日本ダービー)では優勝騎手に優勝旗が、菊花賞では社賞が朝日新聞社から贈られる>
■2024/08/07 中央競馬の冠競走、マスコミ名の目立つレースと目立たないレースで差
以前から思っていたのは、マスコミによる中央競馬の冠競走、マスコミ名の目立つレースと目立たないレースがあるということです。
例えば、朝日新聞の朝日杯フューチュリティステークスは朝日が目立つレース。以前はさらに目立つ朝日杯2歳Sでしたし、朝日チャレンジカップも目立っていました。朝日の冠がとれたチャレンジカップは、同時期に行われるチャンピオンズカップと紛らわしい…と悪評。朝日撤退の影響は大きい(?)です。
もっと目立つのは、東京新聞杯。そのまんまストレートすぎて、一番お得感があります。同じ系列の中日新聞杯もそのまんまなパターン。ついでに言うと、京都新聞杯、神戸新聞杯など、なぜか地方紙の方がオトクなパターンが多いと思います。
この他、日経新聞の日経賞、日経新春杯もわかりやすいところでしょう。毎日新聞の毎日王冠や毎日杯も朝日パターンなので、ある程度わかります。
一方、影が薄いな…と思うのが、読売新聞の読売マイラーズカップ。普通は単にマイラーズカップです。
また、産経新聞の産経賞オールカマー。単にオールカマーと言われることが多いです。今回調べていて、セントウルステークスも産経賞セントウルステークスだと知りましたが、さらに言われません。
産経新聞と同じグループである夕刊フジの夕刊フジ賞オーシャンステークスもほとんど言われませんね。夕刊フジ杯オパールステークスにいたっては、今回初めて知りました。
ついでに同じグループであるフジテレビ賞スプリングステークスも全然言われない名前。フジテレビの競馬番組で言うため覚えていますが、他ではほとんど見かけませんね。
先程「なぜか地方紙の方がオトクなパターンが多いと思います」と書いたのですけど、唯一お得じゃない地方紙が私の地元北海道新聞。クイーンステークスという重要度の高い重賞をゲットしているせいか、北海道新聞杯クイーンステークスとはあまり言われません。今回初めて知りました。
大きい重賞ほど目立たないという逆転現象は、スポーツ紙でも起きています。例えば、日刊スポーツでは、日刊スポーツ賞中山金杯や日刊スポーツ賞シンザン記念より、そのまんまな名前で言われやすい札幌日刊スポーツ杯の方が目立つといった具合です。
先程フジテレビだけ出した放送局の場合も、重賞かどうかの関係で、地方局の名前が目立ちやすく、大手の方が目立たないという逆転現象が起きています。
ただ、地方局でも結構重賞の冠になっており、目立たないところが結構ありますね。例えば、京都放送(KBS京都)のKBS京都賞ファンタジーステークスがそういったものです。
大手の方の例外としては、NHKマイルカップ。必ずNHKがつく名前で言われるので、お得感があります。
マスコミ以外の民間があるのは、鉄道会社だけ。そして、鉄道会社は全部わかりやすい名前になっているというのが不思議です。こういうのを見るのは、おもしろいですね。
京成電鉄
京成杯(中山 3歳=旧4歳限定重賞)
京成杯オータムハンデキャップ(中山) - 1980年(昭和55年)の開催日程の変更に際して9月中山開催となったため、1998年(平成10年)から10月東京開催の「京成杯3歳ステークス」より振り替えられた。
京王電鉄
京王杯スプリングカップ(京王杯スプリングハンデキャップ 東京)
京王杯2歳ステークス(東京) - 1980年(昭和55年)の開催日程の変更に際して10月東京開催となったため、1998年(平成10年)から9月中山開催の「京王杯オータムハンデ」より振り替えられた。
京阪ホールディングス・京阪電気鉄道
京阪杯(京都)
阪急阪神ホールディングス・京阪神急行電鉄→阪急電鉄
阪急杯(阪神)
名古屋鉄道
名鉄杯(中京)
発走の際は通常のファンファーレではなく、名鉄パノラマカーのミュージックホーンのメロディが演奏される。
登録:
投稿 (Atom)